34 posts categorized "短歌「塔」掲載歌を読む"

Jun 05, 2009

「塔」09年3月号 吉川宏志選歌欄評(09年5月号掲載)

発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。

********* 引用はじめ *********

NHKで「介護百人一首」なる番組を時々やっていることもあり、今月はまず、身内の介護や人生の後半を詠んだ歌に心惹かれた。

時は濃く流れゆくなり紙パンツ嫌がる夫に泣き笑ひして 野島 光世
あけくれの介護のあはひ思ひたちポットを磨く顔うつるまで 同
夫のこと夫の目の前で詠んでいるそ知らぬ顔で辞書を繰りつつ 髙畑かづ子

「新樹集」に選ばれた野島さんの一連はずっしりと重かった。髙畑さんは生死の境をさまようご主人に付き添うという深刻な状況で、それを短歌に練上げている。お二人とも短歌の存在が救いとなっているのだろう。

介護なき別れの辛さ味わいしわが前を過ぎ車いすゆく 村瀬美代子

一方でこういう方もいらっしゃる。私自身は「介護」を「育児」に置き換えた経験しかないが、作品から伝わる、多くの先達のそれぞれの立場、家族への思いに心を馳せる。

ひと頃は早苗饗のたび股旅を踊りし友の車椅子に来る 相澤 大也

さなぶりとは懐かしい。「田植え祝い」は私も昭和四十年代にかろうじて経験したが、現代では死語か。作者は車椅子で来た友の元気だったころの姿に、過ぎた歳月を感じている。介護を詠うのは家族とは限らない。

絆とはいったい何だと言う友に死ねば分かるとサラリとかわす 哲 真
終の日のわが手を組めるだれかの手その手の今日は働きてゐむ 首藤よしえ

この二首も人生の最後を詠んでいる。哲真さんは友への返事になぞらえてサラリと自説を開陳した。首藤さんはなきがらになった自分の横にいる人影が誰か、実は想像できておられるのでは。漠然と感じるものを三十一文字にして伝えるのは難しいと思うが、想像の翼を広げれば作品の糸口がつかめるかも。

針金の円き支へに安らけく花を預けて菊開きゆく 金田 和子

ここからは植物の歌。この歌では四句までが結句をずっしりと修飾し、菊の花自身は逆に初句二句に下から支えられて安定している。歌と実景のバランスが逆転した意外感。

落ちてきた花こっぽりと受け止めて蓮の葉ぐらり揺れてもどれり 吉川 敬子

こちらは大きな花の存在感を、支える葉を主語にして詠んだ。「こっぽりと」がいい。

防犯灯光が及ぶ一画の大豆は実り拒みておりぬ 梶井 優子

日照時間で成長や結実が変わる植物はあまたあるが、大豆の立場で大豆の本能を描写して、畑の一画の人為的な光を際立たせた。

きっちりと等間隔に植えられた三色すみれに少し疲れる 山西 直子

作者が見た花壇の主はおそらく几帳面な方だろう。変な例えだが赤提灯も屋台ラーメンもなく小綺麗すぎる、ニュータウンの駅前を連想した。多少は遊びがあったほうが街の景色は面白い。整然としているだけでなく。

ラーメンのもやしの匂いは自転車で毎朝通る畑の匂い 山﨑 大樹  
  
食卓にのぼると畑の土臭さが消えてしまう野菜が多いが、もやしはそうでもないらしい。水栽培でひょろひょろなのに、不思議。

刈り取つたそば粉を貰へど持て余し棚から棚へとだうだう巡りす 福島美智子

お裾分けは歓迎される場合とその逆とがあるが、今回は後者。そばに打つこともできず捨てるわけにもいかず。下句に読者も苦笑。

側線を引きし跡をば拾ひ読むかの日のわれにあふがごとくに 田中 實

自分が引いたはずの傍線も、年月が経てば忘れてしまっていて新鮮に見えるかも。若き日を回想する作者の感慨が下句より伝わる。

パーラメントのCMこのごろ見なくなり師の好みたる香りもおぼろ 福井まゆみ
秒針をゆるめるように男たちは紫煙のなかに大き息つく 原田 直

近年の禁煙指向でタバコ臭くない空間が増えた。健康的には違いないが、古い映画やドラマで紫煙をくゆらす男たちの格好よさまで消えたら、ちょっと味気ない。福井さんは恩師お好みの銘柄の記憶がおぼろになっている。原田さんの歌は初句二句が特にいい。

知らぬ間に一年はやもわれの背にハンカチ落としのハンカチのよう 黒瀬圭子
このコップ使い始めて十年手術してからこんなに経った 伊藤恵美子

歳月を詠んだ歌。黒瀬さんは季節が一巡したことを背で感じた。伊藤さんは三句四句の句跨がり?で一息つきつつ、手術の予後を入院時から回想。年数の違いはあるがどちらも小道具のハンカチとコップが効果的。

来年のカレンダーに換へる夫未だ十二日今年があるに 財前 悦子

早々と新年用にカレンダーを換えてしまったご主人と、まだ残る師走の二週間弱を思う作者の温度差。五七五(夫)対七七(妻)。

英訳の夕顔の名はイヴニングフェイセス二十歳のキャロリンが読む 金治幸子

思わず「へぇ」の上句から四句。音読するのがキャロリンさんというのもいい。英語版源氏物語を一度読んでみたくなった。

ハワイアンキルトは貴重品ですか君に問いつつ預けるフロント 吉口 枝里

謎掛けのような不思議な歌だが、手縫いキルトは大変な手間暇がかかるもの。自作でも購入した完成品でも、貴重品には違いない。

氷雨降る氷川神社に契りたる百二十キロと百五十センチ 今村美智子

神前結婚式。天気は寒々していても、二人の心は温かかったことだろう。下句は新郎新婦の体格だが、男女をあえて語らず数詞だけを示したことで、どんなカップルなのか読者に想像の余地を残す、印象的な歌となった。

頭よりすっぽり包まれ四ヶ月児はお話し会へ連れられて行く 高木 節子

確かに乳児が自らお話し会に行きたがるとは思えないが、この結句は案外浮かばない。保護者でなく赤ちゃんに焦点を当てたことで平凡な親子の外出が新鮮な作品になった。

赤ちゃんを乗せていますのワゴン車がスピードあげて追越して行く 村尾淑蘭

子連れ外出でもこの保護者は急いでいるのか運転が荒い。「赤ちゃんを乗せています」ステッカーを見たら他の車は減速などして気遣うものだが、これでは貼った意味が無い。

犬の鳴く声だんだんと近づいて夜更けの町に救急車来る 八鍬 友広

近隣の犬たちの声から救急車が来たことを知った作者は、夜更けの戸外に意識を向けることで寝静まった街の異変を聴き取った。

パティオ越しに尿する音聞えくるその太々しきは羨しきまでに 新田由美子

これも自宅で聞く物音だが、落ち着けるはずの中庭で白壁の向こうの隣家の音が筒抜けとは。下句に作者の複雑な感情が見える。

紅葉のこの村の道人影なく湯配りらしき車の行けり 左近田栄懿子

街の風景でもこの歌は静か。「湯配り」が判らなかったが、訪問介護の移動入浴車だとすれば、実に簡潔に歌に織り込んだものだ。

********* 引用終わり *********

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May 21, 2009

「塔」選歌欄評欄評(夢ネタ注意!)

タイトルはなんじゃこりゃ?ですが誤植ではありません。
【!以下はあくまでわたしがうたたねの夢に見た内容です!】

「塔」の半年会費が7500円から8000円に値上がりした。
というのも誌面がさらに充実し、こんなページが増えたから。

会員が気になる会員について熱く語る【連載】ページ。
「小学生の何々さんはこんな人柄で・・・」
「こういう職業人の誰それはこんな歌風」などを
ひとりが対象いち会員半ページとか使って語る。
永田主宰が、でもいいし誰かが誰かを、でもいい。

【あ、これはもう実現してますね(汗)過去に単発ですが
「私の偏愛する塔の歌人」投稿特集、はありました】

なぜか横書きページで「選歌欄評欄(の講)評」の新設。
特集のようなタイトルページに空港の大きな俯瞰写真があり
「あまたある会員の作品から(管制塔から見たごとく)
ピックアップして評した本欄を、識者(他の会員)が読んで
講評します。歌評の書ける人材をさらに増やす参考となれば」

ということで各選歌欄評子の引用した作品がリスト再掲され
その論評本文に他の誰かが講評を加える。
「この歌には、評以外にこういう解釈もありうるよ」
「この評はよい。解釈に新たな方向性を提示した」
もちろん「この評は歌評の形をとってはいるが、歌そのもの
被引用者本人よりも、評者の自分語りに堕ちてしまっている」
などなど。

・・・こんな夢を見ていたらしく、うたたねから目覚めた瞬間
誌面のレイアウトまでリアルに映像(絵)が脳裏に浮かんでいた。
「塔」は夢の中で、また少し分厚くなっていた。編集スタッフや
校正ボランティアの会員さんたちの、尽力のたまものとして。

時間があったのでそれをそのままキーボードに打ったのが↑。
【再度強調すると、ここまではあくまで夢ネタで現実とは違います】

・・・六ヶ月間「吉川宏志選歌襴評」を執筆させていただいた
ことが潜在意識にあったから、こんな夢を見たのかな?

実際、歌を選ばせていただいた作者(被引用者)の方複数から
いずれも達筆で丁寧な「選歌欄評掲載お礼」のお手紙が、
わたしの手元に届いている。

だからこそ被引用者の方【以外】からあの評本文がどのように
評価されたのか、わたし自身が知りたいだけかもしれない。

見てほめて私を私の作品をと叫ばぬ趣味のいずこにやある
(再掲、「塔」掲載の拙作より)

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May 08, 2009

「塔」09年2月号 吉川宏志選歌欄評(09年4月号掲載)

お久しぶりのブログ更新です。

農繁期と言ったらプロ農家の皆さんに笑われそうだけど
苗の準備、畑(市民農園)の準備、植え付けなどと
ゴールデンウィークの家族大移動、そして半年続いた
最後の「塔」選歌欄評執筆などが重なっておりました。

また少しづつ復活しますのでお立ち寄りください。


さてタイトル。こちらも転載が遅くなりましたが
発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。

********* 引用はじめ *********

ビル光る進学塾の自転車のドミノ倒しや木枯し一号 宮良 米子
さあお食べ日能研の子どもたちでっかいNの荷は降ろさずに 相原 かろ 

 宮良さんの歌の自転車の主たちは、ビルに夕日が当たっていることも愛車が木枯らしに倒されたことも知らぬまま、鉛筆を握っている。相原さんの歌の日能研は首都圏屈指の中学受験塾。揃いのNマークリュックの子どもたちは弁当持参で深夜まで家に帰らず勉強する。塾通いの児童の姿は時代を反映しているが、歌の切取り方は作者ごとにさまざまだ。

段数を数える声がくだりおる下から二段目しばしとぎれて 岡山あずみ

 作者の聴いた声の主は地面まであと二段の位置まで来て足を止め、残りを一気に跳ぼうか思案したと思われる。姿の見えぬこの子の行動を読者にも想像させる、冷静な描写。

いくばくの余命と思はれし癌の子が初潮を迎へ年改まる 中山 光一

 同じ子どもでもこの少女への視線は温かい。初潮の年齢まで生きられ、また新年を迎えられた。彼女のために赤飯も炊かれたかもしれない。作者や周囲の感慨が伝わる歌。

エレベーター防犯カメラのぞき込み酔ひたる君は我を抱き寄す 田中 律子

 こちらは大人の相聞歌。「君」は防犯カメラの向こうに見せつけるために作者を抱き寄せたのか。作者は薄々ご存知かもしれないが、他の状況で「君」はどうなのだろう。

鉱石を発見するごと若き歯科医眼ぎらぎら口中覗く 髙嶋 肇

 次の歌に「美しき歯科医」とあるからおそらく女医。マスクの上の若き眼に口中を隅々まで観察される被診察者の落ち着かない心境が、初句二句・四句で表現された。

ところでと言葉あらためわが歳を問ふ理髪師を十年は知る 金井 一夫

 上句でこの理髪師の人柄が判る。不要な詮索をせぬ距離感が居心地よかったから、作者は十年来の常連になったのだろう。

五人みなメガネかけたる事務局員 会場湧けど俯きており 鵜原 咲子

 組織で働く職員たちの描写だが、あまり自分を出さぬタイプが集まったのか。主催イベントが盛り上がっても自分たちはひっそり隅に並んだまま。初句二句で地味な制服姿まで想像できそうだ。作者が観客の一人だったとすれば、この歌の気づきは素晴らしい。

雪の朝九千箱ものするめ烏賊市場に並ぶと活気づく街 大垣 保

 仕事場は仕事場でも、この歌はにぎやか。二句助詞を「の」でなく「もの」としたことで、ずらりとイカの箱が並ぶ市場の空間や喧噪、冬の朝の漁港の熱気まで見えてくる。

通勤の同じ時間に家を出て今日は日の出の阿武隈河口 佐藤 和彦

 毎日同じ時間でも季節のほうが日々変わる。通勤途上の作者に阿武隈河口の日の出が見えた。観光客には味わえぬ土地の者ならではの眼福が、調べのよい定型におさまった。

明け方の浅き眠りに夢ありて崖の上の家に男性が草刈る 久次米俊子

 この夏「崖の上の」といえば宮崎駿のアニメ映画で、劇中の家でも豊かな草がそよいでいた。作者の夢では(映画と同じ家だったかは不明だが)見知らぬ男性がその周囲の草を刈っていたという。まどろみの中の幻想的なイメージに、こころを遊ばせられる歌。

今日も又明日東の空に出るバスタオル干す位置はいつもここ 小橋扶佐子

 二句の読みは「あすひむがしの」か「あしたひがしの」か?上下句の落差を狙うなら前者、下句の生活感に合わせると後者。あるいは助詞を足して「あす<も>ひがしの」とすれば、初句二句の調べがより整うのでは。

朗々と朝の電話に責められぬ一時間十分受話器重たし 鈴木美代子

 朝の歌が続いたが、最後はいささか毛色が違う。早朝から叱責の長電話。朝から予定を狂わせられ、相手の剣幕に切るに切られぬ作者の思いが、初句と下句に表れている。

茄子あれば茄子のみの汁箱膳の食器洗わぬことは常にて 森 真澄

 私の昭和ひと桁生まれの父も同じ体験を語っていた。献立は旬の作物尽くしで、食後は漬物で器を清めて箱膳に仕舞ったそうだ。質素だが、女衆の洗い物の負担を減らし、今で言うエコな心遣いが豊かに思える戦前の夕食風景。現代に再現するのは難しいか。

年三回花を咲かせし野牡丹は越してしまいぬお団子屋連れて 早石 恵子

 近所の花がその主と共に転居する歌は他にもあるだろうが、この歌では野牡丹が主語に座り、持主のお団子屋一家が引立て役だ。作者の普段の気持ちが「団子より花」だったのだろうが、逆転で妙な可笑しみが生まれた。

呆けたる後にも母はふり向きぬ後妻という語に耳ひきつらせ 高橋万里子

 後妻と後ろ指さされた時代を過ぎ、認知症を患いながらも長生きしたのに、この言葉にはびくっと反応する作者の母。結句「耳ひきつらせ」にすべてが凝縮されている。

謹啓と書けば言の葉つながり来 母が逝去の通知の文章 樺澤 ミワ

 身内の死亡通知は書き出しが難しいが、作者は決まり文句に救われた。筆が走り始めた安堵感が、調べのよい二句三句より伝わる。

幸せだったと後の人らに伝えむといつも笑顔で撮られし母よ 林 雍子

 ということは、作者の母は自身を幸せとは思っていなかったかもしれない。撮影の度に作り笑顔を絶やさなかった母の写真(あるいは遺影かも)を見つめる作者。

手の窪が菊のやうにぞそそけ立つあねのこころを見てしまひたり 藤木 直子

 女きょうだいは互いに何かライバル意識を抱えたまま年を重ねる。作者は姉が隠してきた思いをふとしたことで知ってしまった。上句全体が「あねのこころ」を修飾しているが、実景でも姉の心象だったとしても、作者の驚きと内心のとまどいはずっと消えない。

感情の分類が増えていくことも大人になるということなのです 水口 典子 

 ネット短歌や前衛短歌にありそう、という第一印象だったが(他の歌から)作者はこのメッセージを思春期の娘に向けている様子。もし若い人が作者だったら、特に下句が生意気で鼻持ちならぬ歌と私には思えただろう。

教え子のダイナミックな抱擁をよろける足でしっかり支う 吉池 泰子

 他の歌から教え子が六十五歳と判るから、作者はもっとご高齢なはず。体型も体力も自分を越えた教え子の再会の抱擁に、のけぞりながらも踏みとどまる作者。何年経っても教師たることを忘れず教え子を包む作者を、私も師と仰げたなら・・・と羨ましく感じた。

ガムテープそうガムテープが入り用だ教室に来るとぞ思い出したり 芦田 美香

 教師は休み時間も準備に忙しいが、教室まで来て教材の忘れ物に気づくとは。内心の冷や汗を上句の口語体に上手く封じ込めたが、さてこの授業、首尾はいかがでしたか?

********* 引用終わり *********

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Apr 09, 2009

「塔」09年1月号 吉川宏志選歌欄評(09年3月号掲載)

発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。

********* 引用はじめ *********

 1月は吉川選歌欄から新樹集に移った作者がいなかった。また当月に限ったことではないが、作品1の歌には生病老死と植物の歌が妙に多い印象がぬぐえない。草木染のようなおだやかな詠い口の連続も読むには悪くないけれど、年配の方が原色の服を素敵に着こなしたような、鮮やかな相聞や前衛的な内容がもっと混じっていれば、といつも思う。

我がなしし『秋草抄』も柩へと右腕近く収め退れり 永田 淳

 そんな私の感想とは別に、評はこの静かな挽歌から始めたい。河野君江さんを見送る一連を締めるこの歌は、孫であり故人の歌集を編んだ編集者でもある淳さんにしか詠めない作品だ。いつでも手に取れるよう君江さんの右腕近くに歌集を収めた作者の心遣いは、きっと煙とともに天国へ届いたことだろう。

冷水を飲みほしいたるしずけさの渡り廊下に消火器は立つ 秋場 葉子

 挽歌ではないがこちらも静謐な情景を切り取った歌。二句三句のひらがな使いが空間を感じさせ、銀色の冷水器と少し離れた場所にある(と思われる)赤い消火器とをつなぐ。

告げなむとするちょくぜんに風は立つ 少し散らばる髪の先など なみの亜子

 これはひらがな使いで「間」を表現している。「直前」だったらアニメによくある演出の話とは伝わりにくい。前髪や野原の草が風に不規則に乱される、あの繊細な動画表現。日本のアニメーションをパラパラ漫画から芸術に進化させた、テクニックの一端を思う。

吾は一度もせざりしものを手のモデルは指の股まで手を拭くという 小島さちえ
 
 手専門のモデル「手タレ」は水仕事を一切せず常に手袋着用で壁のボタンも押さない、などと私も伝え聞く。暮らしで一番酷使する両手を荒らしてはならない職業が存在するとは。作者の驚きが、初句二句より伝わる。

象と花の画かれし皿に熱あつのふろふき大根ひと切れを盛る 大内 奈々

 プロヴァンス風かはたまたエスニック系か、どう見ても和風ではない食器にふろふき大根が盛られる。よく見かけそうな光景だがテーブルセッティングの仕上がりは如何に。

子を生みし家を車窓に見むとしてあれよも言えず通り過ぎたり 阪上 民江

 これも「あるある」系の歌。車窓から既知の目標物を見つけても、連れの人に示して同感させる前に視界から消えてしまう。まして今回は思い出の家。作者はさぞ悔しかろう。

大縄に入る間合いをはかる背がすいっと夕映えにすくわれてゆく 池田 幸子

 大縄跳びでは、確かに子らはピョンとは跳ばず、間合いをはかってすいっと入る。ただバックの「夕映え」は実景なのか?ノスタルジックな情景だが、昨今の子は放課後忙しいから、大縄跳びなら休み時間の青空の方が似合いそうだと、私などは思ってしまう。

日本中の小学生の何割が今日秋晴れにソーラン踊る 川本 千栄

 近年運動会のダンスにロックソーランが大人気で、うちの子の小学校でも踊っていた。運動会は秋の土日の晴れた数日に集中して開催される。観覧者として出向く運動会はひとつだが、その場に立って全国へと意識を開いた作者の視線がユニークだ。

学び舎の裏の小川の清き流れ見下しいたるひとときありたり 横家 誠子

 当初「みくだしいたるひととありたり」と誤読してしまった。「見下ろす」とすべき。

ものをみな飲まんと濁流奔るゆえ伏せのかたちを川瀬とりいる 中島芙美恵

 主語が「川瀬」で、しかもそれを擬人法ならぬ犬の姿勢になぞらえている。川瀬のあの低く平らな形状が、増水時の濁流に耐えるための伏せの姿勢だったとは。新鮮な見立て。

自転車に気負ひて下る 真向ひの海へざんぶりと入る心地に 大塚 洋子

 急坂で自転車のブレーキを握ったときに前方が海だったら、怖い一方爽快感も半端ではない。「気負ひて」と「ざんぶりと」が効いて、スピード感あふれる海辺の歌となった。

雲海の彼方夕富士浮びゐて眼下信濃の稜線つづく 鳥居 妙子

 結句以外はきっちりと定型だが、機窓からの風景を読者の眼前に見事に広げて見せた歌。二つの地名が雲海でつながる雄大な美。

稲妻の言い分もあろうだがしかし黒焦げの電気製品を見よ 滝 友梨香

 異国の落雷で電気製品を黒焦げにされてしまった作者。天を仰いで稲妻に嘆く姿はお気の毒だが、語り口が悲壮感を薄めている。

杖・眼鏡・時計にリモコン手離して見えぬ父にこそ残りたるもの 林 泉

 杖以外は盲目の父上には不要となったモノばかり。杖も置いたとすれば、父上は推理小説に登場するアームチェア・ディテクティブに、なられたのかもしれない。視界は失われても経験からくる洞察力はより研ぎすまされたであろう父を思う、作者の視線が温かい。

鉄鉢を片手に電話する僧の携帯電話はあみ笠の中 小菅悠紀子

 今どきの托鉢僧は僧衣にケイタイを隠し持つのか。寄進する気も失せそうな煩悩。

そぞろ寒く抱く膝がしらめぐる血も前立腺も秋闌けにけり 片山 晋

 歌に前立腺が登場するとは驚いたが、結句の「闌」が全盛と衰退の両義を持つと知ったら、急に味わい深く思えてきたから不思議。片山さんの歌には肉感的な描写が多い。秋と作者の年齢観が呼応。

星座より星座をなぞる指先に見とれてしまう秋の高原 貞包 雅文

 誰の指先に作者は見とれたのか。作者と相手の間柄によっては相聞歌になりそうなドキドキ感。秋の高原との場所設定も良く、夜空の星座をなぞる彼か彼女の指先が浮かぶ。

風はなくみどりにそそぐ陽のおだしかかる日にこそ黄泉路を行かな 井上 恭子

 下句は縁起でもない話だが「成仏するなら穏やかな日に」との願いは万人の共感を呼ぶ。上句の何気ない風景が作者を動かした。

脱ぎ捨てていずこに行きしやかたつむり自在なるかな殻ほとびたる 斎藤ちづ子

 長野在住当時父母が使っていた「ほとばす(=吸水させる)」「ほとびる(=ふやける)」は方言だとずっと思っていたが、今回ちゃんと辞書にあって驚いた。かたつむりの抜け殻があったということは本体はなめくじになって去ったのか?作者の疑問は読者にも伝わるし、身軽になったかたつむりに寄せる作者の思いには、世のこどもがかたつむりを見て感じることとは違う何かがあったかも。その場で死んだかたつむりの身が腐って殻が残っただけ、と済ませては歌が成立しない。

弾みつつ並木を抜けて会いにゆく二時間前に生まれた人に 藤田 千鶴

 最後は生命の誕生。作者が出向くのは赤子に会うはもちろんだが、その母親を祝福するためでもある。無事出産の報に足取り軽い作者の高揚感が初句に表れ、並木を抜けるとぱあっと広がるだろう風景が心象と重なり、二句の味わいを深めている。読者も幸せをお裾分けされたようで、思わず顔がほころぶ歌。

********* 引用終わり *********

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Mar 02, 2009

「塔」08年12月号 吉川宏志選歌欄評(09年2月号掲載)

発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。

********* 引用はじめ *********

ホバーリングすっと行ってはホバーリング思索の果てに塩辛蜻蛉 梶野 敬二

庭先に法師蝉鳴くトレモロが巧い三回を鳴き去るも良し 上田 充子

初秋の詠草なのでトンボや蝉の歌は多かったが、この二首はどちらもカタカナの専門用語を取り入れた細かい観察が印象に残った。梶野さんの歌はヘリコプターの描写かと思わせて下句でぐっと焦点が定まる。上田さんは蝉の声をトレモロと聴き取った点が巧い。

「渇水」という小説を書いた奴いまごろどこで何を飲み居る 能登 鳶

小説名と下句のぶっきらぼうな口調が効いて、友に寄せる作者の思いがうかがえる。

日本語が理解できないフランソワ上目使いで新郎の席 あかり

国際結婚か。異国の挙式披露宴の進行を飲み込めぬまま新郎の扱いを受けるフランソワ氏のぎこちない所作が、四句に表れている。出自がどうであれ、彼は通過儀礼を無事クリアして妻の里に受け入れられた。ご多幸をお祈りします。

顔映るごとく研がれし包丁を受け取りビビッと背筋伸びたり 大西 明未

四句「ビビッと」はやや軽いようにも思えるが、研ぎたての刃物を手にする緊張感はこの一首から過不足無く伝わってくる。

海へ行く約束をした父 病める子を持つ母もをりけむツインタワーに 安藤 純代

九月十一日の米同時多発テロ。望まず命を落とした幾百名の陰に、残された家族や暮らしがあったはず。推量ではあるが犠牲者個人の人生に着目したことで、味わいが増した。

隣家よりゴミのポスター借用し仕訳し直すはらから老いたり 樺沢 ミワ

母上を送る一連中の歌のため「はらから(母を同じくする兄弟姉妹)」の語が重い。葬儀のために集まり手分けして後始末するきょうだいを、作者は冷静に見つめる。

この味を嫌がりし亡母思ふなりウィダーつるりと飲み込みながら 今村美智子

レトルト風の栄養食は手軽だが、袋の金属臭さや口元のプラスチックに違和感があり、味も舌触りも決して良いとは言いがたい。亡き母上もかつて健康だったころの食事にもっと近いものを、食したかったのだろう。残された者が飲食時に故人を想う歌は過去にもあるが、商品名を入れたことで老人介護の実態をも伝える時事詠的要素が加わった。

十本は二重三重くるまれて息苦しヤクルトになりたくはなし 助野貴美子

作者は手のひら大の乳酸菌飲料十本組に着目し、さらに下句で自己の内面に踏み込んだ。二重の意味でユニークな歌。四句十文字の思い切った字余りも窮屈感を演出。

ものを作る仕事が嫌でネクタイを締めて十年ものを作りたし 山﨑 大樹

本作「ものを作る」は「手を動かす」と同義。事務方のキャリアが長い作者が書類以外に触れる仕事もしてみたくなったということか。今後転身を果たせるかは不明だが勤続十年、作者の閉塞感がうかがえる。

下熱剤二度のみながら北の峯ハイツに向かう深夜勤務の孫は 近藤 桂子

素の顔にすつと戻れり購読を断りしとき販売員は 首藤よしえ

「職場詠」とは少し違うが仕事ぶりを描写した二首。近藤さんのお孫さんの体調が悪くても夜勤を休めぬ歌。初句は「解熱剤」だと思うし結句のふりがながやや強引だが、三句四句の勤務先名が効いている。首藤さんに購読を断られ営業スマイルを取り下げた新聞販売員はどんな「素の顔」を見せたのか。

見送りの人残し来て振り向けばコンビニの旗がふっと隠せり 中出佐和子

現代的な光景。コンビニ前で人と別れて歩き出し、振り返った作者には、はためきは邪魔だったのか、それとも遠景を見ずに済んでほっとしたか。 

ネットにて予約をしたるホテルには吾が名を載せる古き宿帳 八鍬 友広
  
この歌もある意味時事詠だが余情がある。ネット予約が可能になったホテルでも、予約客の名は(おそらく手書きの)昔からの書式の宿帳に記されていた。すべてをコンピュータ化してしまわないところは宿経営陣の心意気か、スタッフ間の温度差か。江戸時代の商家の大福帳も、非常時の水濡れに耐えるよう和紙に墨書、を変えなかったという。

草鞋虫・蚯蚓に蟻を掘り見せて孫たじろがす妻の執着 原田 直

団子虫を飼ふ幼な子は三角のふんもするよとはにかみて言ふ 結城 綾乃

現代っ子が土に親しむ機会が減ったなどと報道されるが、大自然に興味を示す子と示さぬ子が居るだけで、これは古来変わらない。ミミズやアリを無理矢理見せて孫をたじろがせる祖母と、ダンゴムシが好きで細かく観察できる孫。子育て孫育てに気負いは必要か?今回は結城さんの歌の幼な子に一票。

習いいし建築の本取りに来て子供のとびひを娘は言いてゆく 奥野 侑子

建築を学ぶ娘が立ち寄って子供のとびひを話題にしたという。とびひの音が鳶職を連想させる程度で上下句に特に脈絡はないが、取り合わせの意外さは成功していると思う。

孫のなきさびしさ友に書きたれば子のなきことを認めて来ぬ 船曳 弘子

子や孫を持たぬ人は世にあまた存在するのだが「所帯を持って子を産むべし」なる旧来の価値観が強い環境では「持つ」人への複雑な感情もぬぐいきれないと聞く。友からの返信は作者の心を軽くしたのだろうか。

ちかぢかと顔覗き込み死んだかと思ったわよと小声に言えり 須磨岡 繁

作者が男性だから妻の言葉と推測するが、何から目覚めたか?やセリフの声音次第で解釈が割れそうな内容だ。この状況を冷静に歌にまとめた作者にも驚いた。

メガネ光り顔の失せたる人がゆく手繋ぎの兒がちよこちよこつきて 大畑 とさ

マンガではあえてメガネの下の眼を描かない表現があったりするが、現実にこういう顔が歩いていたらちょっと怖い。この歌では下句から年齢性別も推測できて、なお不気味。

二階よりよしず吊せば商家めき氷小豆の食べたくなりぬ 梅田 啓子

なぜ「商家めく」で「氷小豆」なのか唐突感は否めないが、大きなよしずが一気に暑さと生活感を消した感じは伝わる。プレハブや鉄骨でなく古い木造の家なら尚良し。あるいは作者は時代劇の茶店でも連想したか。

いけばなの教室生がひとりやめ秋風すうと通りぬけゆく 田口 朝子

華道の経験は無いが(教室でもお座敷でも)受講生ごとに一定の広さを確保して、花材や道具を広げて制作すると想像する。長く続けていれば各々の席もある程度決まっていたかもしれない。その一人が教室を去り、彼女の場所だけが空間となって残された。下句の風が暗示するのは季節の移ろいだけではなく、居合わせた作者の喪失感でもあろう。


********* 引用終わり *********

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Feb 03, 2009

「塔」08年11月号 吉川宏志選歌欄評(09年1月号掲載)

発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
この号を皮切りに半年間、吉川襴の歌について書く予定です。

以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。

なお「塔」では入会一年以内は「若葉集」の襴に掲載され、
その後「作品2」襴掲載を経て会員推薦などにより
「作品1」「月集」と昇襴していきます。

吉川さんは「作品1」または「作品2」の選者です。

月集以外の詠草は毎月ランダムに担当選者に振り分けられ
会員からの選者指名はできない仕組みになっています。


********* 引用はじめ *********

民宿の客ある時もない時も機嫌がよろし池のメダカは 竹之内重信

半年間の選歌欄評を引き受けて、初回の今回がいきなり作品1。歌歴の長い皆さんの歌を評する緊張感でガチガチだった私だが、この歌を見てすうっと楽になれた。人間の事情に関係なく飄々と泳ぐメダカに習い、私も肩の力を抜いて自分なりの評をしていきたい。

五十年前二千円なりし受刑者の手作り書棚は今も廊下に 浜井 鈴子

刑務所家具の即売会は丁寧な細工と手頃な価格で人気だという。この五十年前わずか二千円だった書棚が、半世紀を経て今も廊下にある。作った受刑者のその後は不明だしあるいはこの世に居ないかもしれないが、彼の知らぬところで彼の作品が大切にされている。罪と罰と人生を考えさせられる歌。

ブランコの順に並びて降りる迄父待ちくれしベンチも消えぬ 足立 久子

他の歌から作者の父上は既に鬼籍に入ったと判るが、作者の記憶にはブランコ遊びそのものよりも、幼い自分を待ってくれていた父の姿がある。ベンチが撤去された現在も、そこに座っていた父の残像が成長した作者を見守っている気が、するのかもしれない。

絶対に金の苦労はさせないと言った筈だと義父に責めらる 吉田 健一

こちらは義父の歌だが、この不況下にお義父さんそんなご無体な・・・とは婿は言いづらいかも。娘思いの義父の気持はわかるが。

父母死してわれに残りし夫・子なり子には子ありて子の夫がある 河原 篤子

親を亡くしても作者には家族があり、その作者の子にも家族がある。下句には「たとえ私(作者)がこの世を去っても子には家族がいる」という成人した子への親心も感じられ、事実をあえて歌にすることで味わいが生まれるいい例だと思った。

朝まだき蝉ものうげにふた三声やがていのちの限り沸くべし 加藤美智子

夏は気がつけば蝉の声に囲まれているが、夜明け前は静かなはず。その境目の瞬間を耳でとらえて的確に描写。「べし」が力強い。

あぶら蝉あみ戸に止まり鳴くまひる 帰り来て窓あけられず待つ 藤本 恵子

こちらは昼間の蝉。鳴く蝉の開放感と窓を開けられない作者の閉塞感が、音読すれば(三十一字中十一字と)多用されたア列音で、字づら的には繰り返されるひらがなの「あ」で、表現されている。でも作者にはちょっとお気の毒さまでした。

蝉の声浴びつつゆけば少しづつ頭は広くなる空に向かいて 秋場 葉子

夏の森に足を踏み入れると、奥まるにつれて蝉の声の半円ドームが広がり、側方後方に聴覚アンテナが伸びてゆく気がする。もちろん前方上方にもだ。作者はこの感覚を三句以降で簡潔に言い切った。特に四句に感服。

よちよちとガラスを昇る一匹に背景があり灰色の空 松木のり子

こちらは蝉とは限らないが、ガラスを昇る生き物の向こうに背景があった。言われてみれば当り前だが、見る心が無いと見えないのも事実。「灰色の空」がくっきりと立つ。

お座敷でよろしいですかとたずねつつ下半身へと視線は走る 小島美智子

年配者は座布団を好み若い人は洋室を選ぶ。そんな時代もあったように思うが、今どきは年配者でも体調の加減で、足を降ろせる椅子座を好む場合が少なくない。結句から作者は接客される側だと読み取った。店員の視線はあからさまで不躾だが、通す座敷の座り方が客(作者)の足腰の具合と合うかを見極めようとする、心遣いかもしれない。

眼球のごときやはらかさを持ちて夕日とろりと沈みゆく見ゆ 千名 民時

第一印象で結句の「見ゆ」は無くても?と思ったが、この歌では必然性があるらしい。「眼球」と「見ゆ」、「やはらかさ」と「とろりと」といった縁語使いが効いて、沈む夕日の溶けゆくごとき質感と、見守る作者のリラックスした表情とがうかがえる。

聞き覚えある話し声隣り家の逝きし人の子帰省しており 山内 貞子

隣家から亡くなった人の話し声?声がよく似たその方の子が帰省していたという種明かしだが、作者はさぞ驚いたことだろう。結句で一気に事情が判るが、客観描写に徹したおかげか説明くさくない締め方になった。

大の字になれと畳が呼んでゐる変えたばかりのたたみの声で 塩谷いさむ

立っているのもやっとなほど疲れたとき、私も「地面が私を呼んでいる」を実感した経験がある。作者は変えたばかりの真新しい畳に呼ばれたという。直前の畳替えが重労働だったのだろうか。それにしても「たたみの声」とはどんな声だったのだろう。

ねばねばで厚かましくてやっかいでわれらひとかたまりの人件費 深尾 和彦

結句に驚いた。人減らしで経費削減を望む雇い主の立場から、自分を含む一団を形容した上句の大胆さ。仕事を死守したい被雇用者の一人として、労使間の緊張した空気を(知らぬ人にも)生々しく伝える社会詠だ。

歩道橋の手すりをもっともっともっと高くしてほしいさもなくば   同

作者に解き放ちたい、あるいは解き放たれたいモノや事(あるいは人か人生か?)があるのだろうが、具体的に判らないところが読者の不安をよりあおる。切実な叫び。

激辛のはららで熱き飯にのす文月みたりめの死をききし夕 鮫島 浩子

「はららで」では辞書に無かったが「はららご(=イクラ筋子の類)」のことと推測。「ご」の手書き文字が「で」と誤植されたのかもしれない。いずれにせよ暑い季節に訃報が続いた事実を、汗の出るような食べ物で受け止めようとする作者の行動が面白い。

ヒオウギの咲ける傍えに週に二度黄のゴミ袋並ぶ朝あり 永田 淳

ヒオウギの花にも何色かあるが、この歌にはやはり黄色だろう。私の街でも週に二度、黄のゴミ袋の収集日がある。玄関先に出す自治体も収集場を置く自治体もあるそうだが、丹精されて咲き誇る花の美しさがゴミ袋の生活感で損なわれる残念さは、変わらない。

鎌倉へ抜くる舗道にゆふぐれの風立ちぬ単騎過ぎゆくほどの 村上 和子

馬一頭が通過する程度の風?普段実感することはまず無い感覚だが、なぜか説得力のある比喩だ。鎌倉という地名のせいか競馬場のヘルメット姿の騎手ではなく中世武士の軽やかな騎乗姿が連想された。作者には蹄の音の空耳も、あったかもしれない。

尾根の上にアキツアカネとわたくしと秋田、岩手に手を垂れている 江種 泰榮

登山行を描いた一連の中央に置かれた歌。両足が県境の細い稜線を踏んだとき、作者の全身は二県にまたがっていたという。結句の垂れた両手の先には見下ろす左右の景色が、二句のアキツアカネからは雄大な空が見えるようだ。この県境でなくてもよいが、この景色を追体験しに登山に出かけたくなった。

********* 引用終わり *********

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Apr 21, 2008

「塔」08年4月号<作品2・真中朋久選>10首選

数百の名を持つものとして雲のすべては水であるということ 池田行謙

三度目の余命半年告げられし義姉は車中に編む手休めず 青木朋子

演奏会我に取りては生前葬《冬の旅》歌うさよならと歌う 家無木流美

母となる孫の便りよ女児にして一・五キロ現在元気と 石崎妙子

回覧板持ち見上げいる門扉まで今は手すりの欲しき石段 北村英子

群集とイルミネーションまぶしくて広場を横切る事が出来ない 五宝久充

淋しさに冬野を訪ひぬ友の死に昼の月見て夜の月見る 炭 陽子

各部屋に各年代の父が居てあふれる物に母の影濃く 林 広樹

やけっぱちきらきら星のメロディーで歌っています「せなかがいたい」 原ゆきこ

来週も同じ人らに逢いたしと強く思いて去ぬるホスピス 安川良子


出詠109名。「百葉集」に一首引用されている関山正雄さんの連作が
この集ではリアルな労働詠として、印象に残った。

部品仕上ぐる切粉は熱く身にかかり機油帯ぶる白煙すさまじく立つ
部品浸す機油の冷たさひたひたと身に沁み透る冬は来にけり
一年を共に働きし機械磨き納めにと汲む酒が身に沁む
病持つ我が事もなく一年働き機械丹念に磨き終へたり

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Apr 17, 2008

「塔」08年4月号<作品2・吉川宏志選>15首選

けふ人に触るることなき手のひらに湯に浮く柚子を握りしめたり 梅田啓子

懐石料理は遺影の前にも置かれゐる火皿の付きしミニコンロも混じり 尾崎知子

「ゆかしかりしかど」がうまく読めぬ子らにハイもう一度ハイもう一度 芦田美香

亡き父の文今一度開くれば ハネのハライの活き活きしたり 太田 愛

千鳥掛けきれいに為しゆく夫の指見てをり二人で過ぎゆく日々に 数又みはる

銀の皿、銀のスプーン磨きつつ明日来る人の爪など思う 加藤都志恵

「品格」の文字見ておれば真四角の多きことのみ気になりている 黒沢弘子

あおぞらが憎悪に変っていくまでをきっちりと革の手袋を嵌める 沢田麻佐子

しろたへの嫂(あね)の行水かいまみし宵に狐の嫁入りありぬ 鈴木俊春

川崎に瓜二つだと云われおり我の息子は盗塁せぬぞ 哲 真

今年また市民プラザの塀にある烏瓜と綱引きをした 西崎信子

生まれでた赤ちやんと母が寝るベッド見しより仁の幼児期終わる 林 雍子

娘には娘の胸のあることを忘れて男物のシャツ買う 杜野 泉

垣根越し人の胴体流れゆくテロップのように元日の朝 井上良子

新藁の香りの帯の流れきて吾をひと巻きふた巻きにする 本嶋美代子


あまり選ばなかったが、夜の月や昼の空を見上げる歌が目立った集だった。
(出詠108名)

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Apr 15, 2008

「塔」08年4月号<若葉集・三井修選>10首選

草を焼く煙のゆるく地を這いぬためらうごとく恥入るごとく 相本絢子

子の布団ぱたんと伸ばす風に知る流し忘れたトリートメント 宇梶晶子

過ちて家人の歯ブラシ使いし夜は先に眠りぬ黙秘したまま 上原寿明

マフラーを巻いたあの子が口笛で歌っていたのは誰かの不在 上澄 眠

パン抱えパリっ子気分で訪ねたるのちに炬燵の住人となる 白石瑞紀

写真付賀状で家族アピールし幸せなふりしているきっと 鈴木麻衣子

マンションを売りにくる人、靴いつも水茄子のごとつやめかせおり 永田聖子

ジパングの都のお遍路華やかに表参道ヒルズを巡る 中山悦子

みどり児のひとみパパ似といいながら実はママ似と心が思う 福田フミ子

これはもうメーテルリンクの青い鳥田んぼの彼方にほら君の家 森岡政子


小林幸子さん同様、特別作品の選者だけだった三井さんの、
初の若葉集選。二度目の通読で赤丸歌が十五首を切ってしまったので、
今回は十首選とした。(出詠66名)

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Apr 13, 2008

「塔」08年4月号<作品2・小林幸子選>20首選

幸せにひたりいながら感じてた服の裏地のようなる不安 村瀬美代子

サックスのソロに入る頃ようやくに結論よりまず言い出し始む 足立一生

風邪はなぜ邪と書くか仮病にて休みいし日に考えている 井上孝治

口論とうもつれた糸をほぐすのをみなためらいて毛糸となれり 岡本 潤

竹薮を知らずに薮の歌詠みきそれより胸のざわざわと鳴る 落合花子

何のため生きてゐるかと問はるれば即座に答へむ風呂に入るため 黑田英雄

パソコンは吾の敵なり夫と息子の離れず三度の飯は忘れず 小林登喜恵

許したこと忘れなければと思ふ夜車が雨をひき摺りて過ぐ 山地あい子

冬の朝窓を開けばもう二度と我を容れえぬ広い青空 関口健一郎

年賀状の束を鞄に入れしまま告別式に列席しをり 中瀬真典

エプロンのポケットに持つケータイがお腹を揺らす瞬間を待つ 中本久美子

秘め事をのぞかれるやうな心地して耳の診察目を閉ぢて受く 南條暁美

欠詠は凍死だアイスノン替えた手の甲へ書きつける沸きたつ歌を 沼尻つた子

「ミボージン」うかうか呼べば食べかけの丼さげてしまえり母は 沼尻つた子

ひとりでは用なき売場を従いて妻娘(こ)とめぐるデパート広し 原田 直

団塊とふ粗製の淵から大いなる問ひを投げてゐたのだ、あの日 松本多美男

塗り立ての仁王阿吽の形相に燃ゆる紅葉の芯となりたり 森 敏子

七十歳まで三ヶ月それまでにもう一度だけできる献立 山崎一幸

同じ闇裡に抱きし若竹と古竹ならび薮暮れてゆく 若松忠雄

いくつもの時代を砂は呑み込んで素知らぬ顔で波を迎える 山上秋恵


出詠107名。これまでは「特別作品」(連作自主投稿欄)の選者だった
小林幸子さんの、初めての「作品2」選。そのせいなのかは不明だが
この襴から巻頭の「新樹集」(作者単位で選ばれる優秀作品10編)に
移動になった作者が、今月は一人もいなかったのでちょっと意外に思った。

ところでこの号は1月出詠だから、冬の風物が詠み込まれた作品が多い。
例えばこんな描写があった:

畑から抜いたばかりの大根を抱けば冷たい水が漲る 山西直子

紋白蝶(もんしろ)がとびだすかもとメモ付けて真水のような白菜送る 林田幸子

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Mar 31, 2008

「塔」08年3月号<若葉集・真中朋久選>20首選

くちびるから伝わる体温またひとつ寂しい遊びをおぼえてしまった 上澄 眠

冬来たり光を思ふ陽を思ふ異国にて知る日と火の神を 畑 東明

具だくさんシチューを作り帰り待ついつか団欒一家団欒 角谷絵鈴

庭の落葉掃きて食後を入浴しぐらりと倒れ夫は逝きたり 進士 歩

腰を病む友より届く物はみな都度(つど)薬局の袋に入りぬ 東 紀子

いつの日に芽吹きしものか恋をする心のかたち甦りたり 磯部葉子

氷上に三回転半したる間を我は杖にて一歩進みぬ 江原幹子

幾十の治療台ある歯科病院に動く看護士女の童めく 小川道子

19階のベランダの柵ゆ鼻を出し犬はひたすら地上を見つむ 奥貫洋子

風景画(ふうけい)に自(おのづか)ら道いく筋か人住む里をわれ好むらし 河端千紗子

傷つけるつもりはなかった蜜入りのりんご半分残されしまま 黒瀬圭子

一時間自転車漕ぎて来し老いにおどろく若きを老いがおどろく 田中実

数年ぶりに茹でし筍一人分大鍋の時と同じ香りす 谷口かず子

土といた気持ちうっとり思い出し鍋の大根甘くなりゆく 永田聖子

青春に躓(つまず)かせたと思う子と世間話でただ帰る道 新倉由美子

縄飛びをやめては落葉を掃く少女南京黄櫨の舞い散る中に 橋本水津子

貸間ありと貼つてみやうか息子らの出でて久しい二階の三部屋 福島しづ子

全くよー一体どこに惚れたんだ屁の話題とか辞さない君の 森岡政子

我がピアノを聴くひと逝きて寒き冬黒鍵多き曲ばかり弾く 吉澤ゆう子

われを指してマダムボヴァリと言いし男の早世を知る同窓会報 今井由美子

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Jan 28, 2008

「塔」08年1月号<作品2・澤辺元一選>15首選

熱を持つたゆき体のゆふどきは太き腕(かひな)に抱かれてゐたし 市 美穂

メールなら俄然多弁となる人のゐて液晶に眼鏡筋見ゆ 工藤博子

耳遠き我にも音は聞え来ぬ今弟を焼ける炎の 石崎妙子

小ぶりなる南瓜割らんと突き刺すに抜くにも切るにも動きのとれず 植松文子

褒められることに慣れない友人がいい女なので泣きたくなった 金田光世

官庁街一人一人が向かう先一人一人の机あるらん 小山美保子

四世代八人の眼に先取点理久(りく)の蹴りたるミドルシュートは 鈴木美代子

マンゴーを銀のスプーンに掬ふとき南の国の白き給仕服 炭 陽子

ガンジーのような裸体を支えつつ浴室前まで義父に付きゆく 西川啓子

西空はそらいろでない空となり刈田さはさは夕明かりする 林はるみ

もうこの歳なら良いだらうと母は婚約指輪を売りにゆきたり 福井まゆみ

死に近き猫のからだは手足より冷えてゆくなり川渡るゆえ 保村たまき

翼の生える所諾いて見る試着室コンソメ色のブラウスを羽織る 守谷桜子

こしにとりてつくへりにしと検眼文字長年変らねば空にて言える 清水千登世

雷と雨のなか帰宅する恐怖あり想い人など忘れて走る ダンバー悦子


澤辺元一さんが選者を引退される。澤辺襴は何月までの掲載だろう?
だからというわけではないが、白玉的15首選をランダムに再開してみた。
昨年末にちょっと愚痴った気持ちも変わっちゃいないけど、
あまたのシロウト歌人の中からお気に入り歌人を見いだすのも
(例えばモーニング娘。やジャニーズ事務所などの新人の誰かに
ブレイク前に注目するみたいに)面白いかもしれない?と。

それはそれとして、この襴に二首、同じモチーフの歌があった。

断片を言えばみな嘘 空港の秋の青さをゆるしてしまおう 萩原 伸

風を裂いて坂を下れば十月が空港のように開かれている 金田光世

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Nov 16, 2007

「塔」07年10月号<若葉集・吉川宏志選>15首選

盛岡を捨てたと父は云つたけど私が盛岡に捨てられたのだ 飯村みすず

セイシェルの海を四角く切り取って西児童館に置いたのは誰 早石恵子

「豆腐屋です」家業を継ぎし青年の早朝の声とわに断たるる 古栗絹江

杜若畦に黄色を並べおり 田植え終わりし田と田と田 今井由美子

畳まれし材木店に住みつきし闇がグァオーンと吠えてる真昼 小川孝子

積まれたる病理標本見てゆきぬ背後の人生思う間もなく 近藤武史

疑惑すら持てぬ愛にも慣れてきてきみと歩めば鳳仙花見ゆ 辻村千尋

「アンネのさかくれ家うちより広いじゃん」それも真実六十年後の夏 中山悦子

いくたびも鍵盤たたけど「海」は尚長き時間を我に求むる 服部知子

あれ程に教へくれしに亡き母よ紅きほほづき今も鳴らない 福地公子

薄桃の錠剤一つ口にする明瞭な脳を取り戻す儀式 森下陽子

ペルシャ猫みたいにしゃべる君が不意に咳をしてああヒトでよかった 吉岡昌俊

廃村の井戸汲むごとく初孫は末期の祖父の膝で跳ねおり 沼尻つた子

老人会がお世話しているサルビアです血潮脈打つほどの勢い 石川えりか

手術日の待合室の家族らの手にはそれぞれ文庫本のある 河端千紗子


ようやく10月号の本文を読破し、自分なりの選歌を終えられた。
入れ違いに早くも「塔」11月号が投函されたから、引続きまた最初から
11月号の歌を読んで選ぶ作業に入る。つねに「塔」を持ち歩き、
わずかな時間を見つけて数ページずつ点やマルをつける生活にも
慣れてきたが、若葉集の直後に月集の歌を読むと・・・(今度書きます)

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Nov 10, 2007

「塔」07年10月号<作品2・真中朋久選>15首選

銀合歓にしとど梅雨のあめ出掛けるをためらふ人よ鬱につかまるな 古樫喜代子

歩行器とエレベーターあれば自在なれど自宅の二階に昇る術なし 小松久時

砂浜が松のあわいに見えたとき待ちきれずもう駆け出していた 井上雅史

自我という杭打つときに一行の歌がみずから歩くかどうか 歌川 功

ちょっとこいと小綬鶏なけば裏山にイヤーヨイヤヨと返す鳥あり 大熊香世

なくしたる弥勒菩薩の絵はがきは閉ぢたる日傘の中から出できぬ 北神照美

短歌(うた)でしか昭和に還る術知らぬ男に黒き傘は似合はず 黒田英雄

移植せし子の肝臓の一片(ひとひら)は芽吹かず一つ同窓の灯消ゆ 津野多代

出力する日々の労働のあひまにてからだにクリーム塗るは入力 豊島ゆきこ

次々に死者ばかりなり同窓会八人の多(きは)に自死四人とは 中山光一

正座する小さき背(そびら)の母見れば両手にのせてみたくなりたり 本嶋美代子

首に鈴つけたる猫をこの頃は見ることのなし木槿咲き初む 余田弥生

胸あらは雲の形にときめきてデツサンの筆もどかしきかな 高見 徹

吊橋の真中あたりでよその子が揺らし始める吾子ならどうする 石井久美子

小磯良平の絵のやうにゐて少女らは喋りはじめるまではうつくし 久保茂樹


この襴では心に残る自然詠が少なかったかわりに、死や人間の生き方を
考えさせられる歌が複数選に入った。その時々の、わたしの心の有りようか。

さぁ、これでやっと最後の「若葉集」を読める。ぱらぱらとも目を落とさずに
半月スルーし続けるのは逆にしんどいから「キターーーーー」って感じ。
ただし、多くの方が指摘するように「若葉集の歌にいい作品が多い」のか
どうかは、ときどきわからなくなる。半月のあいだ月集から順に、歌歴の
長いみなさんのこなれた作品を読んで来ると、若葉集までたどりついた
ころには頭が疲れて鈍っていたりするからだ。「塔」が届いたら(自分の
所属は別にして)まず若葉集から読むという会員も、いるかもしれない。
分厚い「塔」のどこから歌を読みはじめるかによっても、もしかしたら
感想の出方が、変わってくるのだろうか。

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Nov 03, 2007

「塔」07年10月号<作品2・栗木京子選>15首選

今日よりは明日というほどの力なし鏡台の手紙もう焼きました 吉川敬子

砂ぼこりに黄ばんだ町を眺むれば心はゲームの雑魚キャラとなる 乙部真実

この顎は力仕事をせずにきた家系の裔と画面見てをり 川田伸子

大皿にサフランライス盛りあげてエアーズロックを語り明かそう 秋津 霧

プロレスのジャガー横田は小柄なる外科医の夫をまた張り倒す 伊藤和子

点であり線でありまた面である滝のひびきを聴くとしよしも 奥山和俊

部屋ぬちの風鈴かそけく鳴り始め耳管はとおく過去へつながる 加藤都志恵

観覧車乗りて高きに手を伸ばす風になりたる夫との握手 古賀公子

父の手に生命線をなぞりつつ病む母の言ふ「長く生きませ」 仙田篤子

傘立てにかさがあふれて混みあへる台風最中の村の美容院 立川目陽子

左巻右巻いずれもよいのならねじ花ときに捩(よじ)りもどすべし 野村美智

さぐる手に素知らぬ眼ゆるむ頬着メロ流る五時会議室 松井有途

「二人とも母乳で育った」と言いたれば青年の子ら話題を変える 増田美幸

歯科医療終えて帰りしマンションに補修外壁ドリルが穿つ 村上耿志

湖東への旅をするときはつなつの切符は二まい窓際に置く 助野貴美子


同じ作者にいい歌が二首あったときは、定型に近いほうを採ることが多い。
回避できる字余りは、できるだけ避けたほうがいい歌になるように思う。
とはいえ、わたしも字余りの歌は少なくない。必要最低限の破調であるか
一首一首を冷静に推敲できるといいのだが。

月をまたいでしまったが、10月号を読破してしまおう。あと2襴。

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「塔」07年10月号<作品2・花山多佳子選>15首選

晴天の下に紫陽花色白くジョウロの水は甘くないねと 青木初枝

みなみ風窓にあたらし 故郷とは母が婚家より出されしところ 朝井さとる

八キロの虹の松原さみだれの黒松林をバスは抜けゆく 井上孝治

クールビズ明日開始のメール着 胸の白毛(しらが)をひっぱってみる 大久保 明

蒙古斑消えてはてなき歳月を米を食いつつ生きてきたりき 加藤ちひろ

冷凍イカの美味しい食べ方聞かれたり今日スーパーで老いたる人に 北崎マサ子

離れたら忘れてしまふと抱きあひしあの時の右脇の鬱血 國森久美子

静けさはやがて闇夜に溶けゆきぬ閉鎖されたる人形工場 黒沢弘子

頬かむりの幾通りかありましてけふのわたくし脳天に蝶むすび 佐竹永衣

ゆつくりと息するはやさに点りつつ左鎖骨のあたりに蛍 友田勝美

むらさきの小さき花咲く三つ四つ種蒔きし子は今日も気づかず 中本久美子

寝床から起き出る仕草で年齢がわかると言うが 本当だ 森 富子

野はすでになくて我らは街へ行く読む本もなく歌う歌なく 山梨寿子

自己責任自己責任と言ひながら横断歩道じゃないとこ渡る 水島 修

手折りては供花にならぬむ木僅かな盆の日向を墓前に高き 日高貞子

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Oct 24, 2007

「塔」07年10月号<作品2・池本一郎選>15首選

夢に見る人らは服をたたみゐるわたしはどこにゐるのでせうか 佐近田栄懿子

まだ誰もいない教室見計らい生徒の机に跳び蹴りをする 坂崎由明

かすかなるくもりのような疵のある鋼の球をわれら囲めり 荒津憲夫

尿(ゆまり)するそのひとときを思索する猫であるらし目を逸らしつつ 青木朋子

去年今年梅を十キロ漬けましたあの友この友良妻賢母 岡 しをり

双の手にをさな受け取る地鎮祭重みずしりと足裏に感ず 小澤婦貴子

喉渇き宿屋に水を求むれば花挿しの水を主人は差し出す 河村壽仁

結び切る緒の先端の細かさが目に付く 一緒にはゐられぬひとよ 常盤義昌

レシートに熱帯魚の生き餌と記されし金魚我が家に太りてきたり 西本照代

地球儀でここが日本と教えたら「あっ、たつのおとしご!」と四歳児 原口善野

男性歌人二人の歌集に見つけたる「ちゃぶ台返し」に我はおどろく 福井まゆみ

青ともるシグナルのした程近き式場へ向く黒き矢印 村上次郎

四十代のヘルパー三人夫々の胡瓜なますの味異なりて 山本 薫

何年ぶりだろう文字ではなく生の言葉で人を怒鳴りつけたり 高橋武司

陰ながら見護るなんて盗み見をされてるやうで薄気味わるし 石川 啓


20日締切の月詠を出した後「塔」本文の歌を味わうのが、毎月の恒例と
なりつつある。選歌を終えて次月上旬、ぼちぼち自分の歌もたまった頃
e歌会の詠草や選歌コメントを提出(できるときは)し、そうこうするうちに
新しい「塔」と原稿用紙が届く。日々かわりばえしない気がする日常だが
月単位で趣味がリズムをつくってくれる暮らしって、いいかもしれない。

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Oct 22, 2007

「塔」07年10月号<作品1・澤辺元一選>15首選

匿名の手紙のなかに記されて彼女がしたという悪行の数々 松村正直

身辺整理済ませばぽっくり逝きそうに思う日の部屋散らかししまま 小川康男

動かない亀や燕を見つけては指さすひとと旅を続ける 岡本幸緒

フイルムと視線交わしつつ説く医師の若さが雨期の白衣にまぶし 斎藤ちづ子

ロールシャッハテストのように断面の林檎の蜜が告げる凶兆 貞包雅文

のけぞりてはたひれふしてたけやぶはをののきてをり台風がくる 高橋 窓

満開はやがて散るものサッと逝きし友の肥満がさくらにうかぶ 滝 友梨香

酸素マスクの中より縋りくる妻の瞳をわれの眼につつむ 田附昭二

前回と助詞もたがわぬ話ゆえわが相槌のたくみなる間よ なみの亜子

晩年に必要なものは青空か星空か空はいらないか 深尾和彦

花束を抱く寂しさをはじめて知りぬひとりのもとに帰りゆくとき 古林保子

少年の数限りなき微笑みのひとつか我との夏の出遭ひは 松木のり子

けさ妻の愚痴をきりりと封じたり物忘れなほ深まりゆかむ 渡辺仁八

子育てを終えたる女ら微笑みて羨(とも)し見しておりわれとわが子を 川本千栄

捨てて捨てて物無くなりし押し入れの闇が恐いよ眠れぬ夜は 前橋一二子


わたしが歌を選ぶとき、まず襴全体に眼を通して気になった歌に
「赤点」をつけてゆく。二度目には、赤点歌のうちさらに印象的な歌の、
点を伸ばしてマルにする。三回目はマル歌のなかから二重丸歌を選び、
全体から二重丸歌を十五首に調整して、通し番号をふり、清書する。
歌数を決めて選ぶのがいいのか悪いのかは、いつも何とも言えない。

今回は最初に立ち止る赤点歌が少なかった。集計してはいないけど
初夏の草木を織り込んだ人事詠が多く眼につき、荒っぽい言い方だが
「またアジサイ?」とか思ってしまって植物の歌はなかなか残らなかった。

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Oct 14, 2007

「塔」07年10月号<月集>15首選

わが歌とはもはや縁なき熱球となり果てしもののわが膚を灼く 澤辺元一

木のにほひする鉛筆で書くこともいづれ勿体無いといふのか 真中朋久

見も知らぬ者の魂立つ故にエスカレーターの右側空ける 三井 修

吾がベッドに白き、薔薇模様美しき、シーツ敷き今宵僅(はつ)か愉しむ 諏訪雅子

いま君の胸に落雷ありしかと昨日の夜ふれし窪みおもえり 江戸 雪

老い父のすすいだタオルからからに乾いたけれど螢のにほひ 大橋智恵子

今頃は食品売場に並びゐむ3B尖らす夕べに思ふ 上大迫 實

雨降りの今日より始まる日本間の赤ちゃん体操まだ生徒来ず 亀谷たま江

父に付きて姉も句会に行きしらし姉の句一つ知らぬをくやむ 坂田久枝

生き残る側から見れば父の死は胸に置かれし魔除けの刃 田中雅子

変更のかなわぬものに忌日ありかっと暑くて父おもいたり 藤江嘉子

親元に生きると決めし二十四かの決断を悔いぬこのごろ 冬道麻子

「塔」に歌作りて出さんとする意欲薄れて少しずつ衰えてゆく 古川裕夫

まん丸の加茂茄子切りてこの夏は臨月の人によく会う 前田康子

あんなにも寝坊なわたしがどこかへゆき五時にめざめる老女が居りぬ 安原誠子


先月の月集10首選のコメントに、この襴の歌が

>(失礼ながら)「年寄りの愚痴」系が少なくないのが気にかかる。

と書いたが、今月はこれを撤回しなくては。「父」の詠まれた歌の
数々、他にも家族や長い人生を振り返る、味わい深い歌が多かった。

冬道麻子さんは「作品連載」のページに二十首発表されているが、
月詠襴は今月は、この一首だけの掲載。

それに古川裕夫さん。自身の病状が思わしくないご様子と
前後の作が語っているが、一読者として僭越ながら
「この歌のような残念なことを、思わないでください」
・・・と申し上げたい。

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Sep 27, 2007

「塔」07年9月号<若葉集・真中朋久選>15首選

家を出る時を計りて偶然をよそおいたくてただ会いたくて 森下陽子

もうきこえない音色ばらまきながら捨てられてゆくベルマークたち 吉岡昌俊

父の柩に入れ忘れたる杖ありてそれを届けむために生きてる 石原安藝子

アドバルンを「おそらのくびかざりだね」と言いし長女はラジオDJ 今井由美子

ほかほかのごはんにたんとしらすのせ今日も地獄をこしらえている 木村啓子

一樹にて森なす楠に会ひにゆく涙をうめる胸もたざれば 黒瀬圭子

友達は百人なんてなくてよしまっしろい雲丸き晴天 鈴木麻衣子

選択肢ある証しなり満員の女性専用車両を避ける 辻村千尋

越す前にこっそり種をばら蒔いた千鳥草もう隣家に湧くころ 早石恵子

猛烈に怒つてゐるらしお隣りのケン君十五のおふとんたたき 福地公子

アクセルをためらうような今までをとり戻したし右車線に入る 三浦こうこ

要介護5の媼の体躯立派すぎわが筋肉が悲鳴をあぐる 村木幸子

犬小屋の専門店の軒先に立止まる犬一匹もなし 吉田恭大

照るほどに幹翳りたり咲くほどに花しろじろとわが桜花 石川えりか

ああ言えばよかったなあと思うことばっかりなんだなあ吊り革よ 相原かろ


わたしは歌歴4年(「塔」入会3年)になる。「塔」入会数ヶ月後に
ちょうど若葉集がはじまったから、第一期生と名乗ってよいのか?
初掲載から若葉集開始までの数ヶ月は、確か<作品2>襴で
中堅歌人たちにまじって、掲載されていた。

若葉集は入会から一年未満の会員の歌だけが集まっている。
そう思って読めば確かに荒削りな歌も多いが、経験を積んだ
他の選歌欄の作者たちに見えなくなった何かを素直に詠んだ、
新鮮な歌もまた多い。読み進みながら思わぬ刺激を受けて、
今回、手元の歌ノートにも多くの新作がメモできた。

わたしにも初心者当時にはみずみずしさがあったのかもと
思うけど、今はちっとは成熟したか?しぼんだか?

若葉集のきらめきは消えいぶし銀にも遠きわが掲載歌 白玉だんご
(「塔」07年8月号<作品2>掲載)

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Sep 25, 2007

「塔」07年9月号<作品2・栗木京子選>15首選

父のゐる部隊なりとはわが知らで幼く歌ひし「ラバウルの歌」 仙田篤子

畑にゆく母をとどめるすべとして雨は降りたりをさなき吾に 澄田広枝

グーグルの衛星画像草を刈るわれの姿も捕えているか 向山文昭

見たことの無い脳のこと思いつつカリフラワーを切り分けており 西村清子

物干しに白い物多く干しあるにワイシャツのみにかめ虫集まる 大熊香世

解いてゆく我とふものを歌ふとはさういふものか解く紐の数 岡 しをり

うぐひすと声を競ひしほととぎす破れ番傘のやうと聞きをり 小林登喜恵

労働と呼んでしまうは寂しかり家事には母のポエムもあれば 佐野喜洋子

ドラキュラのやうなる口してまるかじりトマトに夏の風きかせたく 進藤サダ子

佐渡歴史伝説館で会いました売子姿のジェンキンスさんに 杉浦登代子

ママの顔もつと見たいと幼な子はひつぎの窓にしばし動かず 広瀬俊子

Tシャツに荷物を持たず歩みゆく蝶の気持ちがすこしわかりて 藤木直子

氷山の砕くる音は知らざるも製氷皿に氷が落つる 松元 妙

砂浜へわざわざ曳山運び入れうんうん唸り動かすのが祭 森 祐子

みはるかす田のところどころ影見えて代掻きをせるみな独りにて 村上和子


栗木さんの選歌襴は破調が少ない。定型のすっきりした歌の連続で、
気付けば赤丸も「ほとんどかたっぱし」状態となり、取捨に難儀した。
「わたしの」心に響く歌、にもなにか傾向が、あるのだろうか。

もうじき衣更え。この歌でわたし自身の「塔」初掲載作を思い出した。

パンプスの黒をベージュに履き替へて会社に向かふ衣更への日 鈴木美代子
日焼け止めをハンドクリームに入れ替えて葡萄酒色のバッグの季節 白玉だんご
(「塔」05年1月号掲載)

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Sep 21, 2007

「塔」07年9月号<作品2・花山多佳子選>20首選

しばらくは黙していよう夕焼けは持てるすべてを投げ出している 秋津 霧

特養に時のそぎゆく義母の貌ビュッフェの女の尖る顎もつ 上條節子

森の精夜の精と交りて湯に入るわれは蛇となりゆく 梅谷 登

季至りすべてをかけて咲く菊の茎を花屋は鋏もて切る 小沢圭三

地層見て帰る道々不自然な香りをつけた人等とすれ違う 黒木孝子

君発ちし後の夕暮れ空港は折れ線グラフのような淋しさ 黒沢弘子

掃除の手ふと止めて聞くオルゴール羽ばたき行きし子の部屋のなか 新谷洋子

老女ゐて歳はのゆかぬ子らも見ゆ女性車輛は混みあひはじむ 炭 陽子

木漏れ陽ははだらに落ちて初夏の少女の顔を思慮深くする 高松由佳

情強(こは)き女(ひと)を思わす白き陶器に梅雨の晴間の陽のやはらかし 永井千裕

桜より紅葉が好きになった年引越しを二度繰り返したり 西村玲美

アウアウと生後五ヶ月沙紀ちゃんが母を呼ぶ声他とは違う 福岡英一

片親になりたる四羽の子つばめはトリアージさるると夜半に気づきぬ 福井まゆみ

洗い髪君にかき上げられるとき考えておりしジョーク忘れる 増田美幸

鉢植えの合歓を一時(ひととき)眠らせて悲しくもあり私の自由 余田弥生

空(から)になりしティッシュボックスに手を入れて児らを引き出したき夕間暮れ 伊藤理恵子

雑草をひきし軍手を脱ぐ刹那わが体温の五分下がりたり 立川目陽子

盆明けの海に三角波の立つ鹿の子絞りの海となりたる 津野多代

春祭り芸能大会司会者の夫を着メロ「革命歌」にて呼ぶ 山下れいこ

この家を幸せにする記事あれと今朝も分厚き新聞差しこむ 石川 啓


15首のつもりだったが、捨てるには惜しい歌が多く、20首選となった。
悩んだときはいろいろなジャンルの歌が入るように選んでゆく。
自然詠、時事詠、抽象詠、子歌孫歌、相聞歌、比喩の上手い歌・・・
選び方によって、本当にさまざまな歌に出会える結社だ「塔」は。

それとは別に、出典が気になった歌三首。

憤り続けて半年この月のみやち氏の歌に救われている 一井眞砂枝
(みやちせつこさんの歌<6月号p.13掲載>を、思わず読み返した)

写真集『新しい勘三郎 楽屋の顔』を 一年余りでよみおわりたり 高橋勝義
(写真集を読む?一年かけて?思わずアマゾンを検索してしまった)

湯船にてラジオ短歌を聞きおれば松村さんの声流れくる 山西直子
(そんな番組があるの?気がつけば新聞のラジオ欄を探していた)

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Sep 20, 2007

「塔」07年9月号<作品2・池本一郎選>15首選

会うたびにフルートの話をする人が今日は蟻塚を見せると言うなり 邑岡多満恵

地下駅を出れば東京副都心ここで溶ければ行方不明者 明石森太

踏み出せる足におびえて立ち上がる蟻に気づけり夕日さす階 上﨑智旦

真昼とふかなしみ見ゆるひつそりと目を開け人に愛されるとき 國森久美子

まどろみのさなかに白くドアに沿ふすきまより射すひかりか自死は 常盤義昌

図らずも罪犯す日もあらむゆえ ご近所様には礼儀正しく 保村たまき

水平線より朝日がのぼる福江港裸のままで朝風呂に居る 美濃部綾子

僕がまだ時計を読めなかったころ時はゆっくり流れていたよ 山上秋恵

こんな広さの空をわたしは欲しくない樹々根こそぎのさら地の上の 山梨寿子

才能とうあるかあらぬか不確かなものに悩んで子等も生きゆく 結城芙美

ずだ袋として眠りたいとき腕というは邪魔なものなり外したいほど 吉田淳美

久々にゴム風船を膨らましゃ頬が痛いぞぜい肉付きて 小山美保子

人ひとり追いつめてゆく会にいて雨が始まり終わるまでを見つ 山下裕美

イハラヘン、イイヒン、イイヒン、幾度でも聞かせよ人の不在を子らよ 芦田美香

吸われゆく水のはやさに吸われゆくわが眼球にふたたびの波 花山周子


これで半分越した。いちばん面白い若葉集は最後のお楽しみとして、
その前に「作品2」があと2選者。全部終えたら他の会員の選歌ブログを
回る予定。「塔」を数ページ読んでは家事をし、また赤鉛筆を持ち直す。

そういえば締切だ。月詠十首のほうは出勤の白玉ダンナにことづけて、
駅で朝投函してもらった。自宅に一番近いポストだと、初回収集が
なんと午後2時。半日もポストの中に封筒を眠らせ待たせるなんてねぇ。
駅前なら郵便局があるためか、朝8時の便に乗せてもらえる。
少しでも早く、受付の(京都)黒住さん宅に届きますように・・・

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Sep 18, 2007

「塔」07年9月号<作品2・澤辺元一選>15首選

腕ひろげ瞰はるかす先阿蘇雲仙九州半円今は吾がもの 大倉秀己

小夜更けに不幸なニュースを聞きながら一人味わうチョコは美味なり 乙部真実

「空に身を投げつつ走破」とパリダカを歯切れよく言う老女(おうな)ドライバー 斎藤賢悦

抱かれにくるみどり児は六月の雨のごとくに四足歩行で 杉本潤子

ぐつぐつと糸蒟蒻は煮えてきたへのへのもへじにやりと笑ふ 武部秋夫(「へのへのもへじ」に傍点)

シベリアで抑留された老人はこの病棟でも抑留された 西海行灯

惜しみなく水田に映る遠山をさきて田植機のつそり進む 深尾義一郎

使い途他に無き字と気付きたりあれほど書きし昭和の昭の字 船田逸夫

風は夏かざす団扇に他人の汗三社祭の仲見世通り 本田光湖

幼き日母を亡くしし女生徒がずつと泣かなかつたと漁火に泣く 村田弘子

忠実に役目を果たす外灯の回りはすでに朝がきてゐる 山田勝代

隣室の号泣背に聞きながら静かにドアを閉め退院す 若松忠雄

「人の気持ち」そんな雑誌を買ひ求めうちのワンコに読ませてみたい 工藤博子

フィナーレの合唱曲「般若心経」ホールはひとつ最高潮に果つ 梅下芙美惠

ひたむきに乳飲ます娘のねじれたる栓が外れて水がこぼるる 尾崎知子


15首選はまだまだ続く。自分の眼でできるだけ選びたいから
選者の「選歌後記」や冒頭の「新樹集」「百葉集」、それに
他のブログで発表された今月号の選歌などは、自分の選が
終わるまで、できるだけ見ないようにしている。偶然見えて
しまうこともあるが、たとえ他の方が引用した歌と判っても、
だからあえて外す歌も、そのままにする歌もあるから同じか。

河野裕子選「百葉集」に選ばれたこの歌が眼に留まった。
ただし内容ではなく、二カ所の掲載歌が食い違っていたから。

ズボンの泥ぽたぽた払い子を連れて些細ないたずら謝りに行く 坂本佳子
 (p.17 百葉集)
ズボンの泥ぱたぱた払い子を連れて些細ないたずら謝りに行く
 (p.65 作品2)

わたしには「ぱたぱた」だと平凡な歌に見えるけど、正しいのはどっち?

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「塔」07年9月号<作品1・吉川宏志選>15首選

百匹の羊をかぞえる何度目か後から来たりていびきをかくな 村松建彦

木の下に抱かれて赤子はこれの世の若葉の風にはじめて触れる 本間温子

生(あ)れしとき切られ尾の無きこと知らぬ犬のはげしく尾を振る仕草 高橋 窓

風つよく川のまなかの青鷺のよろめきてなお片足になる 江種泰榮

離れ住む娘の手紙のひとところ修正液のままの空白 青山幸重子

枠の中に七色の糸遊ばせつ刺し終るまで絵は見えぬまま 石本照子

紅の乾きて暗き逆吊りのバラ見上げつつ髪切られいる 小畑百合子

おとうとの子ども身籠るそのひとと「譲れないもの」の話などする 梶原さい子

しべの字は心を三度繰り返す神さえ知らず受粉の時刻 紺屋四郎

洋梨のくびれを器用に剥く人と通りすがりの雨を見る午後 貞包雅文

シガレットケースをふかく忍ばせて世論の側にゐるふりをせり 千名民時

子は右の嫁は左の肩濡れてピンクの傘がさかりゆくなり 西尾憲治

冷えし身の海女の乳房にみどり児は泣きつつ手もて胸を打ちゐる 廣 鶴雄

うたを詠む友には挽歌うた詠まぬあなたには文忌空けとなりぬ 福政ますみ

信仰を持たざる者が祈りたくなるときのため月は輝く 岡本幸緒


十五首選とは別に、下記の二首併記二組が、それぞれ印象に残った。

グループを退きゆく友の心の波二通の文のおわりに高し 中島扶美恵
西山にあわくたなびく夕雲を裂きゆく二機のいま交差せり

水皺たつ植え田の隅の芹の陰あお蛙ひそと身動きもせず 西垣田鶴子
伯方塩浮きくるような水皺ひきフェリーは進む瀬戸内の海

それと、先月号にあったぞ?という歌。推敲されたか?

クラス会の返信葉書の代筆はその娘らし三通ありて 阪上民江(今月号)
クラス会欠席しますのこまやかな返事が来たり娘三人(みたり)の(先月号)

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Sep 15, 2007

「塔」07年9月号<月集>10首選

大いなる長十郎のごときかも坐りよろしき瓢箪の尻 花山多佳子

防衛省の看板揮毫せし人がおろかに退(や)めて「省」の字残る 栗木京子

「おかえり」と「ただいま」にはつか間のありて疲れてゐるか怒つてゐるか 真中朋久

雨の午後街を歩めばふと見ゆる人みな長き鰭持ち歩むか 三井 修

よく見ればべそかき顔に見えて来る安倍晋三の選挙ポスター 黒住嘉輝

どの花もここにあらねばならぬとふ様子に咲くよこの北の島 上杉知子

樹の鬱と風の鬱との遭ふあたり斜めに截りてつばくらめ飛ぶ 岡部 史

さあ、よしと膝を叩いて立ち上がるそんな仕種を近頃見ない 上大迫實

遠慮がちに蒸気噴き出すアイロンを励ましながら皺伸ばしをり 佐々木千代

竹細工の店の暗がり嵯峨野路に乾ききりたる唇ありぬ 田中雅子


今月は月集からは10首しか選べなかった。わたしの印象では
月集には破調が多い。それも字余りばかりで緩慢とした歌が多い
ように思う。歌歴の長い皆さんではあるが、歌われる内容にも
(失礼ながら)「年寄りの愚痴」系が少なくないのが気にかかる。

月集に字余りの歌多くあり三十一文字におさまらぬ思い 白玉だんご

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Aug 20, 2007

全国大会と「歌を選ぶ」ということ

「塔」全国大会の和歌山から帰宅、月曜日の今日から無事日常に復帰。

この全国大会に先立ち、先週「塔」最新号の歌をひたすら読んで
7集×15首選をまとめた。このブログのアクセス解析を見る限り、
短歌関連の方はここまではあまり足を伸ばしていないらしい。
けど、自分の勉強になるので来月もトライしようと思っている。
(短歌以外の分野のお客さんには歌が続いて退屈かも?スミマセン)

駆け足だったが、選をしておいたら全国大会でさっそく役に立った。
歌詠み同士のおつきあいだから、作品と顔が一致するのは楽しい。
隣席の方と挨拶をかわすとき、自選を終えた「塔」で「お作はどの頁に
載ってらっしゃいますか?」と作品を見せ合えば、話題に事欠かないし、
わたしがその方の歌に赤丸や「?」をつけていたりすると、それを肴に
歌の背景解説などはじまって、ちがう年代の方との会話もはずんだ。

ところで、同じ「塔」会員の新井蜜さんのブログを偶然訪問した。
同じ号の若葉集(出詠93人、全420首)からだけだけど、
新井さんの選で12首が選ばれ、発表されていた。

・・・当然かもしれないが、わたしのと全然違う選歌で驚いた。
新井さんとわたしが同じく選んだ歌は、たった一首だけだった。

白和えも鯖の味噌煮も作らずにバス停の恋楽しみし頃 永田聖子

選ぶ人が変わればこうも違うのか。普遍的な秀歌って、なんだろう。

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Aug 16, 2007

「塔」07年8月号<若葉集・栗木京子選>15首選

己が娘(こ)の名を逃さじと夕暮の「尋ね人」聴きにし祖父を偲びぬ 相澤豊子

白和えも鯖の味噌煮も作らずにバス停の恋楽しみし頃 永田聖子

潤む眼の牛の背熱く梳きてやる別れの朝の刻迫りくる 相沢大也

おしゃべりな燕一羽電線にしぶーいしぶーいと語尾長く引く 石川えりか

もう一度神田古本立ち読みをしてみたいとぞ美智子皇后 今田龍郎

筆入るる場所定まらずありふれた葉書の広さに途惑いており 及川 謙

目を見れば悲しくなるので山を見る桜なお咲く新緑の山 加藤武朗

柿の葉の紅く色づく虫喰ひの穴より眺むる天の川かも 銀河秋彩

あきらめし恋らしきものあの時の母には我が必要だった 新倉由美子

壁蹴りし傷あと隠せるポスターにロナウジーニョは明るく笑う 角谷絵鈴

過ぎぬれば残酷なるは盛りかな藤が疲れてへたる曇天 辻村千尋

勝手口の犬を真白に洗いやれば持ち堪えるか角の居酒屋 早石恵子

七歳のわれを傍にミシン踏みかすりのもんぺ縫いくれし父 薮田智子

休眠をせねば発芽のできぬ種計画出産と説明する著者 吉池泰子

おしなべて手入れ良きかな島の墓地供花いきいきと潮風を受け 大地たかこ

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Aug 14, 2007

「塔」07年8月号<作品2・花山多佳子選>15首選

明日葉の名まえがきょうは嬉しくて苗を買いたりわが誕生日 大城和子

もうすでに太りすぎてる鯉に餌を与える夫も口開けている ホイラップ房子

今一番気がかりなことは巧妙に避けて作れる歌書き留める 芦田美香

摘花され己が根方に撒き敷かれ蜜柑の花の香り失せゆく 植松文子

むきになる性格のままに集めるにやや淡色に薔薇は偏る 加藤久子

もしわれを選ばなくても良き人と縁あればと願いたくなるひと 佐藤浩子

頂きに残る桜をまたひとつ散らし降る雨田に引かれゆく 鈴木晶子

親離れのいまだ叶わず巣立つ日の近き燕がじっと餌を待つ 田中敏枝

稲田から家鴨(あひる)もどるを導きて数足りぬとき葉の動き視る 西村昇二

街灯の真下に開く石楠花は闇の深さを知らず散りゆく 日高貞子

孕みたる雄(おす)の海馬がぼろぼろの海草のもと茫然と立つ 村上次郎

病棟の朝はさわやかそれぞれに変わりなく迎えし安堵に満ちて 吉田節子

マチュピチュの巨石に額すりつけて呟きゐたり惚けるな死まで 金井一夫

こんなにも聴いてしまへり君の失きあとにも残るはずのCD 炭 陽子

落ちるなと子の手をつかむ母のごと木を這ふ南瓜のふしくれの茎 若松忠雄

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Aug 13, 2007

「塔」07年8月号<作品2・池本一郎選>15首選

結婚の経緯は必ずとばさずに読む日経の「私の履歴書」 遠田有里子

一人子が十四人目の孫持ちて同窓一の孫たくさんに 津野多代

タオル巻き湯舟に入りゆく妻のあと少しためらひ入りゆく吾も 石川 啓

この庭にはあなたは大きくなりすぎた木に詫びながら伐採頼む 木島良子

しばらくは夜勤辞めると看護師の娘吹きゐるフルートの音 嶋寺洋子

充実を強制しないようにして旅番組をぼんやりと見る 刀根美奈子

我置きし椅子を車で蹴飛ばして娘帰り来連休前夜 中林祥江

晩年の母と思ひぬ食器戸棚のガラスの奥を過ぎるわが影 廿日出富貴子

「冬眠から覚めよ」と友に誘われて春の近づく丹波へ旅す 古田スヱ

掘りたてのじやが芋の皮の素直さを忘れて長く遠出してゐた 村田弘子

小さき町の不良グループの相関図こいつとこいつは破線の関係 山﨑大樹

街中にあふれる迷彩柄はよし見知らぬ国で着せたくはなし 山梨寿子

背にうすく浮かんだ骨の並び方さわらなければ忘れてしまう 金田光世

老いしわが面輪の叔母に酷似すと族(うから)らいふを肯ひ兼ねつ 林 一英

どうしたら父のようにあっさりと逝けるだろうと母が呟く 水口典子

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「塔」07年8月号<作品2・澤辺元一選>15首選

思いやる嘘はさらりとつくがよし魚類図鑑は横顔ばかり 加藤都志恵

担任が替はつてからの児の文字はなぐり書きではなくなつてきた 百瀬千秋

意のままに風を操り祖母は手をふるいつつ籾を選りたる 梅下芙美恵

区境峠(くざかいとうげ)に白樺の香これよりは列車は海に向いて下る 小沢圭三

そうなのか育てたように育つとは狭庭のしゃくなげ年々細る 金田豊子

しぶしぶに娘と手を組み入場す彼に渡すを背中が拒否せり 菊沢宏美

束縛を指が求めている夜は銀のリングをはめて眠らむ 黒沢 優

真っ黒な昭和の電話鳴ってます 中央線のニ両目窓ぎわ 白伊沙和子

お別れの刹那に深くおとうとは柩の妻に口づけをする 鈴木美代子

母の味受け継ぎけるは妹で我は姑の味つけになる 高松恵美子

水はだめお茶供えよと祖母言いき海水飲みて戦死せし伯父に 中村麗子

障害児ばかりを産んだ私の手から産まれる生まれ変わり品 萩原留衣

美しき日本の朝を知らぬ子が今日外国へ旅立ちにけり 山田勝代

ハーモニカで〝故郷〟夫が吹き始むもう少しだけ長湯しようかな 小橋扶佐子

風船を持たなくなりて久しいと寂しく笑ふ富山の薬屋 福島美智子

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Aug 11, 2007

「塔」07年8月号<作品2・吉川宏志選>15首選

満開のつつじ撮らむとかがむ女(ひと)腰の素肌をたつぷり見せる 宮良米子

これよりは醜態のなきずるさもち微笑みたるか遺影といふは 澄田広枝

選ばれて病んだのならばその訳を神に訊ねてみたい一度は 小野まなび

電線の影踏み走る皐月なり水張田ひかる真直(ますぐ)の道を 児嶋きよみ

空6と湖4の構図持ち絵となり進む電車の窓は 小山美保子

いいのよ急がなくてても一度すれば良いのだからと結婚をいう 佐野喜洋子

華やげる能の舞台で亡き人に会える愉悦をこの頃知りぬ 鈴木啓三

立ち暗みする我支へる一本の腕あり父の黄泉からの腕 田中律子

浮世絵に絵師の名のみ彫り込まれ彫り師はおのれの名前を彫らず 中山比呂史

先見えぬ階段昇りつめたれどそこにはただの踊り場があった 原田 直

老人は毎日が日曜だって 永遠(とは)の休みが直(じき)といふのに 矢野正二郎

それぞれにモデルありしとう兵馬俑精悍な顔ばかりではない 山代屋貞子

右肩を下げて空を曲がりゆく烏ありけり 角のない空だ 柳詰美代子

本棚に扉をつけよう開けたとき森の木の葉がこぼれるように 金治幸子

わたくしの誰かがいなくなるような気がして数珠を買えずに過ごす 桶田夕美

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「塔」07年8月号<作品1・真中朋久選>15首選

根のつきし若布にするどく潮の香す湯に放たんとつかみたるとき 岩野伸子

花ぐもりの休日の午後二人子のメールはどれも金欠の沙汰 池田幸子

昼も静かにベッドに眠るは仕事なり入院中の病人として 竹之内重信

言わんとすれば先回りして言われたり手際よき人は時に冷たい 荒井直子

立つ遊女にすわる童女がさし上ぐる長煙管一本斜めの緊張 池田富美子

雨つれて走り入りたる喫茶店席に残れる違和あるぬくもり 上田久美子

ペンネーム持ちたるごとし名を変えてすべての海はつながっている 岡本幸緒

権力を何にたとえん大きすぎるテレビの音を消したる後に 奥田隆孔

まるめたる占ひのちらし握りしめ梅田の陸橋大股でゆく 小菅悠紀子

苺ジャム煮詰めてをりぬ甘き香の漂ふ暮らしをやつと手にする 佐藤南壬子

もろともにあはれと思へ柏餅かの日のごとく駆くる叶わず 千名民時

包装をほどけば薔薇はみづからの棘にその葉を傷めてありぬ 冨樫榮太郎

ものものしき名をつけられてこの赤子八十年を生きんとすらん 原 久子

白鳥のごとく湯浴みをしていたり同窓会より戻りて妻は 松村正直

怒る時獣のごとくなる人の吐く言の葉の祈りにか似る 山下昭榮

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Aug 10, 2007

「塔」07年8月号<月集>15首選

身の丈の三倍をこす裳裾ひき階のぼりゆく花嫁はなぜ  池本一郎

頭髪はかぶりものかと妻の問う頭下げいる社長を見つつ  黒住嘉輝

緑色およそ何種類あるならん新緑の木々数えあぐねつ  黒住嘉輝

妹がわたくしになりわたくしは姉をやめたり 明神祭  大橋智恵子

亀の上に亀乗りてをり二匹とも尿意怺へてゐる表情に  岡部 史

これらには税金がかかると言ふ父が布袋の腹をしばらく撫ぜる  落合けい子

問ひ返すことをせざりし母の問ひ逝きて十年をりをり思ふ  上大迫 實

新聞の朝刊の一行 虐待され虐待をする間(あひだ)の二十年  亀谷たま江

五〇ミリの雨止みし後つばらかに街のおうとつ知らされている  小石 薫

漢字にて書きしわが名のいかめしさ子らに従う歳かも知れぬ  小石 薫

十年も使えばそりゃあ田植え機も疲れるだろう ゆっくり行こう  出頭寛一

耕筰は何故半音を下げたのか廉太郎の余情を削りぬ  豊田厚二

お互いの子を何となく褒め合いてからんからんと氷を回す  前田康子

白墨に描かれし道のひとがたに似てゐるこのごろの行動範囲  万造寺ようこ

「この部屋で焼肉をされましたか?」と調律師訊くぶっきらぼうに  山下 洋


とにかくわたしは他人の歌をもっと読む必要がある
・・・と痛感したので、毎月届く「塔」掲載の月詠歌を
まずは自分のものさしで、選歌してみることにしました。
初めてだし、あまり絞り込むのも無理が出るかもしれないので
今月はとりあえず月集と6人の選者別の計7グループに
歌を分け、それぞれから15首ずつ選んでみることにします。

といっても今日の午後から長野→静岡と実家2軒を回る
子連れ帰省旅行に出発の予定。合間に少しづつ読んで
アップしていくつもりですが、どうなることやら・・・(汗)

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