「塔」09年3月号 吉川宏志選歌欄評(09年5月号掲載)
発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。
********* 引用はじめ *********
NHKで「介護百人一首」なる番組を時々やっていることもあり、今月はまず、身内の介護や人生の後半を詠んだ歌に心惹かれた。
時は濃く流れゆくなり紙パンツ嫌がる夫に泣き笑ひして 野島 光世
あけくれの介護のあはひ思ひたちポットを磨く顔うつるまで 同
夫のこと夫の目の前で詠んでいるそ知らぬ顔で辞書を繰りつつ 髙畑かづ子
「新樹集」に選ばれた野島さんの一連はずっしりと重かった。髙畑さんは生死の境をさまようご主人に付き添うという深刻な状況で、それを短歌に練上げている。お二人とも短歌の存在が救いとなっているのだろう。
介護なき別れの辛さ味わいしわが前を過ぎ車いすゆく 村瀬美代子
一方でこういう方もいらっしゃる。私自身は「介護」を「育児」に置き換えた経験しかないが、作品から伝わる、多くの先達のそれぞれの立場、家族への思いに心を馳せる。
ひと頃は早苗饗のたび股旅を踊りし友の車椅子に来る 相澤 大也
さなぶりとは懐かしい。「田植え祝い」は私も昭和四十年代にかろうじて経験したが、現代では死語か。作者は車椅子で来た友の元気だったころの姿に、過ぎた歳月を感じている。介護を詠うのは家族とは限らない。
絆とはいったい何だと言う友に死ねば分かるとサラリとかわす 哲 真
終の日のわが手を組めるだれかの手その手の今日は働きてゐむ 首藤よしえ
この二首も人生の最後を詠んでいる。哲真さんは友への返事になぞらえてサラリと自説を開陳した。首藤さんはなきがらになった自分の横にいる人影が誰か、実は想像できておられるのでは。漠然と感じるものを三十一文字にして伝えるのは難しいと思うが、想像の翼を広げれば作品の糸口がつかめるかも。
針金の円き支へに安らけく花を預けて菊開きゆく 金田 和子
ここからは植物の歌。この歌では四句までが結句をずっしりと修飾し、菊の花自身は逆に初句二句に下から支えられて安定している。歌と実景のバランスが逆転した意外感。
落ちてきた花こっぽりと受け止めて蓮の葉ぐらり揺れてもどれり 吉川 敬子
こちらは大きな花の存在感を、支える葉を主語にして詠んだ。「こっぽりと」がいい。
防犯灯光が及ぶ一画の大豆は実り拒みておりぬ 梶井 優子
日照時間で成長や結実が変わる植物はあまたあるが、大豆の立場で大豆の本能を描写して、畑の一画の人為的な光を際立たせた。
きっちりと等間隔に植えられた三色すみれに少し疲れる 山西 直子
作者が見た花壇の主はおそらく几帳面な方だろう。変な例えだが赤提灯も屋台ラーメンもなく小綺麗すぎる、ニュータウンの駅前を連想した。多少は遊びがあったほうが街の景色は面白い。整然としているだけでなく。
ラーメンのもやしの匂いは自転車で毎朝通る畑の匂い 山﨑 大樹
食卓にのぼると畑の土臭さが消えてしまう野菜が多いが、もやしはそうでもないらしい。水栽培でひょろひょろなのに、不思議。
刈り取つたそば粉を貰へど持て余し棚から棚へとだうだう巡りす 福島美智子
お裾分けは歓迎される場合とその逆とがあるが、今回は後者。そばに打つこともできず捨てるわけにもいかず。下句に読者も苦笑。
側線を引きし跡をば拾ひ読むかの日のわれにあふがごとくに 田中 實
自分が引いたはずの傍線も、年月が経てば忘れてしまっていて新鮮に見えるかも。若き日を回想する作者の感慨が下句より伝わる。
パーラメントのCMこのごろ見なくなり師の好みたる香りもおぼろ 福井まゆみ
秒針をゆるめるように男たちは紫煙のなかに大き息つく 原田 直
近年の禁煙指向でタバコ臭くない空間が増えた。健康的には違いないが、古い映画やドラマで紫煙をくゆらす男たちの格好よさまで消えたら、ちょっと味気ない。福井さんは恩師お好みの銘柄の記憶がおぼろになっている。原田さんの歌は初句二句が特にいい。
知らぬ間に一年はやもわれの背にハンカチ落としのハンカチのよう 黒瀬圭子
このコップ使い始めて十年手術してからこんなに経った 伊藤恵美子
歳月を詠んだ歌。黒瀬さんは季節が一巡したことを背で感じた。伊藤さんは三句四句の句跨がり?で一息つきつつ、手術の予後を入院時から回想。年数の違いはあるがどちらも小道具のハンカチとコップが効果的。
来年のカレンダーに換へる夫未だ十二日今年があるに 財前 悦子
早々と新年用にカレンダーを換えてしまったご主人と、まだ残る師走の二週間弱を思う作者の温度差。五七五(夫)対七七(妻)。
英訳の夕顔の名はイヴニングフェイセス二十歳のキャロリンが読む 金治幸子
思わず「へぇ」の上句から四句。音読するのがキャロリンさんというのもいい。英語版源氏物語を一度読んでみたくなった。
ハワイアンキルトは貴重品ですか君に問いつつ預けるフロント 吉口 枝里
謎掛けのような不思議な歌だが、手縫いキルトは大変な手間暇がかかるもの。自作でも購入した完成品でも、貴重品には違いない。
氷雨降る氷川神社に契りたる百二十キロと百五十センチ 今村美智子
神前結婚式。天気は寒々していても、二人の心は温かかったことだろう。下句は新郎新婦の体格だが、男女をあえて語らず数詞だけを示したことで、どんなカップルなのか読者に想像の余地を残す、印象的な歌となった。
頭よりすっぽり包まれ四ヶ月児はお話し会へ連れられて行く 高木 節子
確かに乳児が自らお話し会に行きたがるとは思えないが、この結句は案外浮かばない。保護者でなく赤ちゃんに焦点を当てたことで平凡な親子の外出が新鮮な作品になった。
赤ちゃんを乗せていますのワゴン車がスピードあげて追越して行く 村尾淑蘭
子連れ外出でもこの保護者は急いでいるのか運転が荒い。「赤ちゃんを乗せています」ステッカーを見たら他の車は減速などして気遣うものだが、これでは貼った意味が無い。
犬の鳴く声だんだんと近づいて夜更けの町に救急車来る 八鍬 友広
近隣の犬たちの声から救急車が来たことを知った作者は、夜更けの戸外に意識を向けることで寝静まった街の異変を聴き取った。
パティオ越しに尿する音聞えくるその太々しきは羨しきまでに 新田由美子
これも自宅で聞く物音だが、落ち着けるはずの中庭で白壁の向こうの隣家の音が筒抜けとは。下句に作者の複雑な感情が見える。
紅葉のこの村の道人影なく湯配りらしき車の行けり 左近田栄懿子
街の風景でもこの歌は静か。「湯配り」が判らなかったが、訪問介護の移動入浴車だとすれば、実に簡潔に歌に織り込んだものだ。
********* 引用終わり *********


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