54 posts categorized "短歌いろいろ"

Mar 22, 2009

黑田英雄さんのブログ

「塔」会員のブログに黑田英雄の安輝素日記というのがある。
くろださんのクロは旧字、タイトルの読みは「あんぎらすにっき」。

黑田さんは「塔」最新号が届くと数日中に通読を終え、気に入った
作品を全作品から数十首ピックアップして「陽の当たらない名歌選」
としてブログに発表されている。選歌欄ごとの名歌選ならわたしも少し
試みたことがあるが、<毎月必ず><全選歌欄から>選歌するのは
時間的、精神的にけっこうきつい。だから黑田さんはすごいと思う。

彼は「塔」の他に結社「短歌人」にも属していて、そちらの名歌選も
欠かさず発表している。結社によって歌のカラーが違うのは興味深いし
選歌する人の人柄が見えて面白いから、このように短歌結社誌から
自分なりの選をネットに発表する人が、他にもっと増えてほしい。
他の結社誌でもこういう引用がネットに増えれば、会員以外に
誌面の一端がうかがえて、より興味を持ってもらえるだろうに。


さてその黑田さんが、最新「塔」09年3月号より拙作:

工務店の顧客パーティーの撮影のときだけ夫はわが肩を抱く

を選に入れてくださった。ありがとうございます。
が、実は過去にも何回か拙作を「名歌選」に選んでくださっている。
覚えている限りでは:(以下年月は掲載の「塔」発行月)

葬式で夫のまといしワイシャツが学芸会の舞台に踊る(08年3月)

少年は神輿担ぎに恍惚を見いだせぬまま法被脱ぎ捨つ(08年1月)

七歳は雨ニモマケズを暗唱し「ほめられないなら真似したくない」
(06年11月)

七歳が三桁の長寿にあこがれて何度も見たがる「百歳バンザイ!」
(05年12月)

などを引用してくださっている。彼の名歌選を読む限りでは
黑田さんは短歌でも日本映画でも、人間ドラマや人生の機敏を
感じさせる作品が、お好みのようだ。「安輝素日記」には
短歌以外の記事やエッセイもあるが、どれも挑発的な文体で、
短歌編ならいわゆる重鎮歌人をもばっさばっさと斬っている。
評論サイトとして見るとこれほど率直な物言いは珍しく、
短歌界への進言もけっこう的を得ていて、痛快ですらある。

アクセス数もけっこう多いそうだが内容のあけすけさからか
何かのタブーに触れているのか?ネット上、他所で引用される
ことはめったに無いか、目立たない。

敵も多そうなサイトではあるが、少なくともわたしは何度も訪問し
黑田さんのブログを興味深く読ませていただいている。

短歌とつかず離れず細く長くつきあいたい者の、ひとりとして。

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Jan 13, 2009

日めくり万葉集

NHK教育テレビの五分番組。(詳細は番組サイト

一日一首、著名人が万葉集の中からその歌を語り、
関連映像をバックに檀ふみさんの朗読と現代語訳、
背景解説が淡々と語られる。まぁ地味な番組だ。

でもなかなか通読できない万葉集の抜粋を
短時間に聴かせてくれるから、けっこう面白い。

放送は週五日だが、年明けから始まったらしく
まだ二週目で、10回にもいっていない。もっとも
BSハイビジョンでは一年前から放送していたそうで
番組サイトで一年分の内容(=今後の放送内容)が
ざっと見られたりする。(白玉家ではBSは受信不可)

地上波第一週は額田王(ぬかたのおおきみ)や大伴家持
(おおとものやかもち)といった有名どころの歌が
連発されたが、だんだんわたしの知らない歌も出てきた。

選者も俵万智さんが概出、今週は馬場あき子さんや
小島ゆかりさんが登場する予定で、他の著名人も
けっこう豪華な文化人を集めている印象だ。

個人的には深夜、リビングに洗濯物を広げて
たたんだり仕分けするときのBGVに、重宝している。
「あと靴下7足」なんてときに一本ずつ流したり。

とりあえず録画してもたいした容量じゃなかったし、
当分はちょっとした耳学問として、楽しませてもらおう。

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Dec 30, 2008

湘南歌会と里帰り

本年最終日曜日には例によって静岡義父母家へ里帰り。
いつものようにクルマでまっすぐ・・・と思っていたら
この日藤沢で「塔」湘南歌会が開かれるという。

出、出たい!白玉ダンナ、だめ?(とちょっと上目遣い)

「いいよ。荷物とこどもたちを連れて迎えに寄ってあげる」

をを、ありがと!「・・・でもね、」?

「書類の片付けと荷造りを終わらせてからだよ。万が一
時間までに完了しなかったら、午後の歌会はキャンセルして
忘年会だけ出るようにしなさい」

というわけでわたしは室内各所の書類と本の山を仕分けて
片付けることに専念。平行して冷蔵庫の始末と帰省の荷造りと
植物の世話と子の食事。年末年始のビデオ予約もしとかなきゃ。

そんなこんなで土曜日夜はほぼ徹夜。でもおかげ様で、
部屋の片付けでは何とか彼の「合格」をもらったのでした。ほっ。

移動してみたら多摩ニュータウンから藤沢、案外近かった。
小田急新百合ケ丘まで出てしまえば、江の島線の快速や特急で
30分程度。成瀬の横浜歌会と同様、たまの湘南歌会も悪くない。

藤沢駅近くの貸し会議室に今回は出席10名、出詠20首。
横浜の半数と小規模だけど、その分歌評はじっくりできた。
会場地下の居酒屋に移動して二次会&忘年会。ひさびさに
歌の話題だけで皆さんとおはなしできて楽しかったです♪

さて白玉ダンナとこどもたちは?「藤沢までが混んでるから
相模大野(さがみおおの:小田急線)まで戻ってくれる?」

了解!と小田急の各停じゃない電車に乗って戻って約20分。
相模大野駅前に停車のウチのクルマに、無事合流できました。

わたしが飲んでいる間、白玉ダンナはこどもたちに食事をさせて
クルマに帰省荷物を積んできてくれた。出発前には床の大掃除も
家に居た子とやってくれたらしい。ありがたいことで。

というわけで白玉一家はすでに静岡に滞在中です。
ここの更新も2008年最後となりました。

どうぞ皆様よい新年をお迎えください。

そして2009年も「だんごのきもち」をよろしくお願いいたします。

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Jun 05, 2008

こどものおもちゃ

小学生の一人が、課題で百人一首を暗記することになった。
まさか百首連続暗唱ではないだろうが、数文字の「決まり字」で
続きをすらすら言えるレベルが期待されているとすれば、
わたしの出番だぞ。「よーしカルタ取りでもやって覚えるか」

ウチの百人一首は、かつて白玉実家でわたしと姉が使っていた
もの。古びてるけど使うには問題はない。どこにしまったっけ?
ボードゲームや碁盤はリビングのテレビ台にあるけれど・・・
そうだ!「収納は使う場所の近くに、使用頻度を考えて」だ。

小さい子連れの来客用に、おもちゃのきれいなものを、まとめて
しまってあったのを、思い出した。リビング隣の着替え室兼物置。
掃除用具の陰になる奥の棚に、大きなプラスチックコンテナ。
引っぱり出してみると、あったあった♪百人一首。それに他の
かるたやトランプ、ミニカーの箱、木のけん玉に、積み木まで!

するとこどもたちが目ざとく見つけ、手を伸ばしてきた。
積み木とミニカー。をいをいあんたたち、もう十歳近いのよ?

「でもねママ、ちいさかったときと今では、同じおもちゃでも
面白さや遊び方が違うの!」

というわけで、リビングに広がる、なつかしのおもちゃたち。
当時あまり遊んでくれなかった手作りのプレイマット
出してみると、をを、夢中になって遊んでくれてるじゃん!

ま、ごはんまで時間あるし、百人一首は後にさせるか。
本当に面白がっておもちゃで遊ぶのも、あとしばらくだろうから。

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Mar 25, 2008

漫画「イティハーサ」

分厚い文庫全七巻のコミック「イティハーサ」
(水樹和佳子著、ハヤカワ文庫)を、一気読みした。
完結までに13年を費やしたという、作者渾身の作品だ。

ジャンルで言えば「SF大河ファンタジー」だそうだけど、
舞台は未来ではなく、古代日本。綿密に練上げられた世界観に
神々と人々が多数登場し、かかわりあってゆく。

繰り返される血なまぐさいシーンと、美しい神々の描写。
言霊(ことだま)の力。名の力。大地の力。樹(気)の力。
神ゆえに、人ゆえに各自が得たり失ったりした、悲喜こもごも。
空間も時間も超越して哲学さえ伝わって来る、物語だった。

本を閉じて、自分が触れている短歌の世界のことを思った。
わたしは一語一音を、ここまで大切なものと認識していただろうか。

きっと作者は漫画の神に愛されて、この作品を生んだのだ。
片手間に開くひまつぶしの漫画ではないが、また「ひたりたい」。

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Jan 08, 2008

囲碁格言カルタ

・・・なる商品が、関西棋院のサイトで通販されているそうだ。
(↑はこのカルタのイラストレーターのブログ)

囲碁教室に通っているこどもたちが、面白がるかも。
囲碁を知らない人にも興味を持たせる、キッカケにも?

こういう遊び心あふれるおもちゃが、短歌の世界にもあれば
短歌ももうちょっと、メジャーな趣味になるんだろうか?

・・・などとここまで考えた直後、自分の馬鹿さ加減にがっくり。
上の句と下の句を読み札取り札に分けて遊ぶ。
これって、まさに百人一首の世界じゃないかぁ!!!

でも現代短歌でカルタをつくったら、それはそれで面白い
かもしれない。例えばくもんの「短歌カード」の歌を引くとか。

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Dec 31, 2007

趣味と名乗るは時には苦痛

見て褒めて私を私の作品をと叫ばぬ趣味のいずこにかある

このところ短歌誌「塔」の全文読破をやっていない。
バイトその他で時間がゆっくり取れなかったこともあるが
短歌結社誌の他人の作品を延々と読み続けることに
わずか数ヶ月でくたびれた、こともあるかもしれない。

皆さん、歌で自分の存在を残そうと形相を変えている。
短歌という表現形式の特性か、個人の事情も丸見えになる。
(たぶんわたしの歌も、毎月近況報告として読まれている)

文学ってそういうものなの?・・・かもしれないけど、
「私が私が!」「私を見て!」「私を理解して!ほめて!」
の羅列が結社誌に並ぶシロウト歌人の作品だと思ってしまうと、
申し訳ないが、他人の一首一首を真面目に読み進める気力が、
失せるときがある。わたしも仮にも出詠会員の一人だから
自分のことは棚に上げて、の話だが。

例えば写真雑誌に投稿写真が載る。数ページならともかく、
どれも似たようなシロウトのへたくそ写真で月刊誌誌面の
ほとんどが埋まっていたら、次号を見たがる人はいるだろうか。

短歌雑誌はときにわたしに、そんな印象を抱かせる。
五七五七七で自分の身辺をスナップするのは好きだけど。
あまたのシロウト歌の中にも、素敵な作品はあるけれど。

もうひとつ、評論。結社誌や短歌総合誌に発表される断章の
数々は、どう見てもシロウト向けの内容ではない。作歌に
慣れない短歌初心者にも、歌をつくらないが読みたい向きにも、
難しすぎて判らないのが、いまの短歌評論だ。歴史や背景や
裏事情をおべんきょしてない人には理解不能な評論文は、
短歌ファンの裾野を広げるどころか、向けられた興味を
拒絶してしまっているのではないか、と思うことが、ある。

違う分野、例えばテレビ番組を例にして、考えてみよう。
発表される(放映される)と同時に感想が新聞社にはがきで
寄せられ、それより早くあまたのブログが第一印象を書き立てる。
筆者の主観にあふれ、ときに叫びで終わっていても、感想は
感想だ。「面白い!」「なにコレー?」「あそこ変じゃん?」

評論家がきちんとした鑑賞文を出すずっと前に、出演者も
スタッフの名も裏事情も、テレビ史におけるその位置づけも
知らぬシロウトが、ばらばらに好き勝手な事を言い放っている。

なぜ短歌の世界では、こうしたストレートな感想の吐露が
見られないのだろう?そもそも他人の短歌を楽しんで読む人や、
読んだあとに(作者に媚びた義務的なほめ言葉ではない)
率直な印象を発表する気力のある読者が、いるのだろうか?

短歌素養のある人、他の歌集や雑誌を読み込んだ人しか
書いちゃいけない。著名歌人の作品を(たとえそう思っても)
ぼろくそに言っちゃならない。知識、少ないんだから。

そんな印象を抱かせる、評論やコラム、感想ブログの数々。
専門家向けに難しく書かないと誌面ももらえないって何?
閉鎖的?選民主義的?わたしの筆力ではうまく説明できない。

短歌雑誌の冒頭に、有名歌人の新作が二ページ十数首とか
ゆったりしたレイアウトで発表される。それらの作品の
どこが一流なの?どこが良くてどう楽しんだらいいの?
ついでに言えば、わたしの歌との違いや改善のヒントって?
シロウトにわかりやすく示してくれる評論文はないものか。

その短歌より難しい熟語を駆使した「短歌評論」ではなくて。

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Dec 20, 2007

訃報

「塔」横浜歌会でご一緒させていただいていた方が逝去された。
彼女は一年以上リアル歌会にお見えにならなかったとの事だが、
わたしもすっかりご無沙汰してしまっている。次回歌会に
行けた暁には、ぜひ二次会までご一緒して、彼女とゆっくり
お話したいと思っていた。

だが彼女との「次回」のチャンスは、もう、ない。
彼女の歌の新作を「塔」の誌面で見る事も、できなくなる。
行けぬ距離ではないから最後のお別れを言いに行きたかったが、
事情でそれもかないそうになく、今は涙が止まらない。

この電脳世界からも祈りが届きますように・・・
心よりご冥福をお祈りいたします。

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Nov 25, 2007

短歌の引用

先日の「取材を受ける」の後、工務店のニューズレターに
例のわたしたちの記事が掲載された。文中にわたしの短歌も
二首引用していただいた。

  おみなごの歌声響く
  カーテンも家具もまだ無きわれらの家に

  右腕を出して寝ており
  父も娘も新居の白き羽毛布団に

でも二首とも、二句で改行の歌じゃないのになぁ。

短歌雑誌や結社誌で短歌を文中に引用する時は、
「二字下げ、分かち書きなし、歌が二行にわたる場合は
二行目も二字下げでそろえる」
というのが、歌人の間では暗黙の了解となっている。
つまり、先の二首を一行二十字の原稿用紙に引用すると

  おみなごの歌声響くカーテンも家具もま
  だ無きわれらの家に

  右腕を出して寝ており父も娘も新居の白
  き羽毛布団に

てな感じになる。改行も一字空けも作品の一部だからだ。

今回原稿の事前チェックがきたときにも、一応このことは
ライターさんに伝えてもらった。でもまぁ、短歌になじみの
ない(っていうか、そのほうが世の中ではずっと多数な)
人たちには、二字下げとはいえだらだらと短歌が書かれて
いると、違和感を持ってしまうものなんだろうか。

今回は、本文や小見出しとは色もサイズも違う活字で、
「短歌だよ」とちゃんと区別のつくように、印刷されていた。
編集さんとライターさんの苦肉の策だったのかもしれない。

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Nov 12, 2007

ペンネーム

原典は未確認だが、朝日歌壇に「奈瀬あすみ」という人の
短歌が掲載されたと又聞きした。わたしは耳を疑った。
「なせ・あすみ」といえばあの漫画のあのキャラではないか!

『ヒカルの碁』に登場する「奈瀬明日美」。
主人公ヒカルの院生(日本棋院プロ棋士養成部門研修生)
仲間である、紅一点的美少女キャラ。

漫画由来ではないとしたら、「奈瀬」も「明日美」もかなり珍しい
姓と名だから、それはそれで偶然の神のいたずらなのか?
この奈瀬さんは短歌も漫画もたしなまれるのか、もしや囲碁も?
などと想像力をふくらませてしまった。素顔はどんな方だろう。

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