口下手な美容師に髪を切らせつつまた来る午後があるかを思う
新住所に越してから困ったのが、美容院さがしだった。
ヨコハマ時代は娘の同級生のお母さんが近所に開業していたから
母娘三人、そこにお世話になっていたが、もう通えない。
「いつものように」と言えば済む美容院、美容師はいずこ。
何ヶ月もかけて、ハイソな雰囲気で奥様方に人気のA店や
若いストリート風兄ちゃんたちがやっている「床屋」のB店、
立地もインテリアも地味なC店、シルバーメタリックなD店、
などをチェックしたが、もう一度行きたい雰囲気ではなかった。
そんなある日、目に入ったのがE店。え?喫茶店じゃなかったの?
という第一印象の、ウッディナチュラルでフロアが広い美容院。
すいていたので、試しに飛び込みでカットしてもらうことにした。
出てきた担当のお兄さんは口下手な優男タイプ。わたしが
「前髪はちょっと短くしたいんです」と言うと
「ちょっととは、何センチですか?」
「後ろのこのへんをもっと軽くしたいんですが、おすすめは?」
「削(そ)いでしまってよろしいのですか?もし悩まれるなら
やめたほうがよいと思いますが」
「この部分は今の感じで、そのまま短くしてほしいんです」
「今の感じとおっしゃられても、これをカットした美容師とは
手が違いますので、全く同じというわけには・・・」
と、なんとも優柔不断な物言いばかり。結局
「後ろは中央で8cm幅くらいに軽く削いで」
「前髪は最長でまゆにかかる程度に、3-4cmの変化をつけて」
「横は耳たぶの下から3cmくらいの長さで、後ろにつなげて」
などと客のわたしから、妙に具体的な指示をするはめになった。
さてと髪を彼に任せながら考えた。確か他のたとえばA店では
「こんな感じで」と言うだけでホストみたいな美容師が
「かしこまりました」と即答で手際よく始めたっけ。
今回のように髪型が決まるまでこんなに細かい打合せが要る
美容師は初めてだ。それに前回カットした美容師のことを
持ち出されたのも初めてだ。
今回の彼はこだわりの職人?それともただの未熟者?
広い店内に客と美容師が数組いたが、おしゃべりは目立たず
低く流れるポップスが快かった。わたしは雑誌も見ず
よけいなおしゃべりもせず、彼の手際を見極めるべく
頭皮に意識を集中させた。どうせ近眼で鏡も本も見えないし。
そしてその数十分で、他店の美容師たちとの(親しみをこめた
つもりで詮索し合う)おしゃべりには、実はうんざりしていた
と、気がついた。隣の客にプライベートを聞かれることも実は
いやだったし、たまの来店で前回と同じネタを話していたら恥だし。
仕上がりは(削いだからちょっとシルエットが変わったが)
まずまずの丁寧さかな。けど次回もあんなに指示するとしたら
面倒だなーと思いつつ、美容師さんの名を聞いて、店を出た。
そして二ヶ月。次のカットはどこに行こうか、最後まで迷った。
でもE店の彼の「前回の美容師云々」を封印したらどうなるかが
気になって、結局またE店の△△さんをご指名にして、再トライ。
「前回あなたにやっていただいたこの髪型、好評だったんです。
この間と同じ感じで、そのまま短くしていただけますか?」
「わかりました。では」と彼はカットに入った。静寂。
指示したのは前髪の長さだけで、横と後ろはおまかせ。
彼は相変わらず寡黙だったし、わたしも黙ったままだったが
仕上がってみると、をを、「同じ感じで短くなった!」
というわけでE店の△△さんを、この街でのわたしの
担当美容師と、決めた。めったにイメチェンしないから
これで十分。もう細かい指示や世間話に、悩むことはない。
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