娘の一人がつい先日までピアノを習いに通っていた。
わたしの先生ではなく、某教室チェーンでの個人指導に。
あまりに進度が遅かったので1年半ほどでやめさせたのだが
その後も「やめるのを泣いて嫌がる」こともなかったから
当人は実は音楽にそれほど執着していなかった、と思いたい。
最初の数ヶ月はとりあえずサボることだけはなく、彼女も
毎週先生との30分を、過ごしに行っていた。だがだんだんと
家を出る時刻が遅くなり、しまいには定刻に急にトイレに
行きたくなったり、急におなかが痛いと訴えたり・・・
習いたいと言い出したのは自分なのに、彼女は自宅での練習を
ほとんどやっていなかった。毎週レッスン当日午後にあわてて
宿題部分をちょっと流す。その程度では進むはずもなかったと
(自分が習い始めた)今なら判るけど。
幼稚園児と違って何かで釣ったり、強制連行することもできず
親のわたしにもキツイ一年間だった。力不足を痛感もした。
やめてくれて一番ホッとしたのはわたしだったかもしれないが、
つい先ほど、何と言うかようやくあのときの娘の気持ちが判った
ような気がする。「練習しなくちゃ」って気持ちとの葛藤が。
そう、今週はほとんど練習しないまま臨んだレッスンだった。
中6日のうちピアノに向かったのはわずか2日。その内容も
ハノン#1から(今習っている)#4を反復するだけで、宿題の
練習曲は手つかずというか、避けて通っていた。そして今日、
レッスン一時間前まで家事やら何やらに逃げていて、ようやく
課題を流しただけで家を出る時間になってしまった。
あぁ先生は練習不足なんてお見通しだろうなぁ、休みたいなぁ。
きっと娘も毎回こういう心境だったに違いない。小学生だから
ある程度反復練習しなきゃ身に付かないと頭では判っている。
練習すれば自分が上手くなるのも知っている(はず)。なのに
練習はついつい後回しで、ついには時間切れでレッスンに臨み、
中途半端な仕上がりを先生に披露しなくちゃならないなんて。
判っちゃいるのだ。娘だったら遊ぶ時間を1時間減らしてでも、
大人のわたしならネットサーフィンの時間を削ってでも、
毎日ピアノに向かうべきだったと。判っちゃいるのだ。練習を
重ねさえすれば、もう少しレッスンごとに成果があるってことも。
先生のお宅で1曲目の両手を置いた瞬間、背中にじっとり脂汗。
自転車ダッシュ直後だから暑かったこともあるけれど、それより
何より、宿題の課題を自信を持って弾けないことへの後ろめたさ。
本当に、逃げ出したい心境だった。あぁまたあの部分で間違える!
救いだったのは、わたしの先生が「前回よりずっと良くなってます」
と言ってくださったこと。「もう一度片手づつ弾いてみましょう」
そうか、わたしも娘にこう言わなきゃいけなかったんだ!!
練習不足の後ろめたさは、次回レッスンまでに積み重ねた練習
でしか打ち消せない。先生のお時間をいただいていることもあるし
せめて家で力を尽くした状態でレッスンに臨まなくては・・・
と痛感した今日のレッスンだった。
これをアップしたら忘れないうちに、電子ピアノでおさらいしよ♪
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