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7 posts from February 2009

Feb 24, 2009

ランバンの野良着

新しく借りた農園で、共有農機の説明会がありました。
両手持ちの小さい耕耘機の使用方法と、体験などなど。
わたしと白玉ダンナもかけつけて聴いてきました。
ガソリン使ったら満タン返し(メモ)倉庫のカギ番号(メモ)

さてその日集まっていた、多くのよその市民菜園家たち。
40代は多くはなかったけど、他にも結構いてちょっとホッ。
ほとんどは60代以降の、定年後の余生に、ってご夫婦かな。
菜園スタートは一緒でも、人生の先輩たちが大勢です。

ただし今日の皆さんの服装は、ある意味想定外だったかも。
わが白玉夫妻はチェックシャツにジーンズ、マリンブーツと長靴。
よそのご夫婦はというと、いかにも野良着、ってお宅もいたけど
全体に、皆さんかなりお洒落なカジュアルスタイル。

奥さんたちの多くがメイクばっちり、日焼け帽子ばっちり、だし
「今度からちゃんと畑用の靴を用意しなくちゃね」とあるご夫婦。
買ったばかりのような黒いレザージャケットにビデオカメラを
持ったご主人と、サングラスに黒い帽子の奥様は、お二人で
これからどこのデパートへ?って感じだったし(それでも
ご主人は革靴が汚れるのもかまわず農機体験してました)
水色ギンガムチェックのサッカー(しぼ細工生地)のジャンパーの
ご夫人は、素敵な野良着!とよく見たら「ランバン」マークが。

農園の管理者でもある大家のおじさんは、わたしの知る、いかにも
昔ながらの農夫。使い込んだ作業着に黒のゴム長、顔に日焼けと
深いシワ。うんうん、白玉実家の本家の伯父も、こんなだったわ。

そのおじさんと比べると、うちを含めた大勢の借り主たちは
土と離れた暮らしが長かったことが、ありありと見えていました。
うちの白玉ダンナさえ、運転用の革靴のまま説明会に来てしまい
体験のためにあわててわたしが、クルマから野良靴を運ぶ始末。

ぴかぴかのセダンがずらりと停められた、舗装したての農道。
少しづつ堆肥や肥料が積まれ、耕されていくほこりっぽい各区画。
さて皆さん、畑とともにこれからどう変わっていくのやら。
とりあえずウチの区画ももっと耕して、春の植え付け準備だわ。

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Feb 22, 2009

今日の白玉農園(6)

白玉ダンナが新たに畑を借りました。自転車で10分ほどで
二方向が土手という、盛り土の、日当りの良い区画です。
農地転用の広い貸し農園では小さい方の、75平米(22坪)。
他の区画は100平米が中心だから、山中だけどかなり大規模。

現在春の植え付けに備え、彼が週末、わたしが平日と
手分けして土を耕し中。新規賃貸のために造成された畑は
赤土で、深さ30cmから下は農具も刺さらぬガチガチ状態。
週明けには(農家の)大家さんの紹介で、他の農家から
トラック単位の堆肥を買って、さらに耕す予定です。

昨年から借りている市民菜園15平米(4.5坪)も引続き
使うから、今年は畑が都合二箇所。土が肥えているので
市民菜園のほうを根菜中心とし、新しい方にトマトなど
実もの、葉ものを植える計画です。

というわけでわたしも、週に二日は両方の畑を行き来して
農作業ってことになりそうです。小学校に野良着で出向き、
自転車の後ろのカゴに備中鍬を立ててそのまま畑へ向かう。
一度これをやったらニュータウンの小ぎれいなママ友たちが
目を丸くしてました。パートタイム農婦の今後は如何に・・・

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Feb 16, 2009

「塔」09年2月号掲載歌

鍬入れの祝詞の声のよく響き最後の更地が今消えにけり

きりきりと脳押さるる静けさの中にどこかの家の鍵音

網棚が網たる時代を知らぬ子は電車に乗れば棒棚と言う

反抗期の孫の描いた絵見て祖父は素直に育った色と安堵す

滞在の義父母が帰りバスタオル干せばふた筋白髪の舞えり

植物の歌を拾えば短歌誌の活字の海に七色の見ゆ


今月は栗木京子さんの選だったが、六首以上の作者のほとんどが
前後の優秀作品欄にあって驚いた。多少の例外もあるが、
本文(五十音順)中には五首かそれ以下の作者ばかりで
大変判りやすかった。普段は同じ六首でも掲載がわかれたりする。
前後優秀作は、選者ごとにいかなる基準で選出されるのだろう。

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Feb 13, 2009

新居で隔離

インフルエンザにかかってました。
ハイ、わたしがです。
診断はA型、タミフルもなんとか効いたのでホッ。
日曜日の帰宅後に寝込み、ようやく復活いたしました。

白玉ダンナは会社で予防接種を済ませていたとかで、
わたしが寝込んだ四日間、炊事育児をしてくれました。
いつもより早く帰宅して主寝室のわたしのところに
食事を運んでくれたりと、感謝の言葉もありませぬ。

そう、こどもたちにウツさないようわたしは二階で
隔離状態。こどもたちとは内線かケイタイで会話、
という四日間でもありました。

幸いこどもたちに感染させることなく完治できたけど
これが新築前の、あのヨコハマのマンションだったら
病人を隔離する場所もなかったわけで。
フロア数・部屋数の多さに、今回は救われました。
(不謹慎だが)とても快適な闘病生活でありました。

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Feb 07, 2009

続・履歴書用紙

古い履歴書用紙の郵便番号欄が5ケタで驚いた話の続き。

その後最新の用紙数種を買ってきて使い、玉砕した(不採用)が
これを機会に手元にあったその古い用紙数種と見比べると、
最近の用紙はあちこちの襴がだいぶ変わっていた。例えば:


【旧】生年月日欄で「明治・大正・昭和」をマルで選ぶ。
   少し新しいのだと「明治・大正・昭和・平成」の四択だが
【新】21世紀の用紙は「    年」だけで、西暦も記入可能。


【旧】氏名襴。ふりがな襴の右で「男・女」をマルで選び、
   氏名の右には印鑑を押す。
【新】印鑑不要でそこに大きく「男」「女」を記入させる用紙もある。

そうそう、「本籍  都・道・府・県」って襴も消えている。
求職者が日本国籍とは限らないからだな、きっと。


【旧】連絡先の電話番号に「(     方呼出)」とある。

そういえば今どき大家さんの呼び出し電話だなんて!
固定電話の普及率も低かった時代の遺物だわ、確かに。

【新】「TEL・FAX・携帯電話PHS等・E-mailアドレス」の
   記入欄完備の用紙まである!全部まとめて「電話など」と
   書かせる用紙も。そして「留守電有・無」襴が加わった。


【旧】「学歴・職歴(各別にまとめて書く)」
【新】「学歴・職歴(項目別にまとめて書いてください)」


【旧】「得意な学科・趣味・スポーツ・健康状態」
【新】「特技・得意な学科・趣味・健康状態・スポーツ」

特技ぃ?自分の特技って何だろう?としばしペンが止まった。


【旧】「通勤時間 分 利用交通機関 国鉄・私鉄・バス・徒歩」
【新】「通勤時間 約  時間  分」


【旧】「家族の氏名・性別または続柄・年齢・扶養義務 有・無」
【新】!!!家族欄そのものがなくなってる!!!

これが一番驚いた。昭和の書式では家族8名記入可能!って用紙も
あったのに。まぁ5名程度が普通だったが、書いて当然と思ってた。
確かに「配偶者有無」「配偶者扶養義務有無」「扶養家族者数」が
あれば事足りる。プライバシーに必要以上に踏み込まない書式に
なってきているのだろうか。

その分用紙によっては志望動機を詳しく書かせたり、待遇面の
本人希望を記入させる襴があったり、しているらしい。


ここで新旧比較ができたから古い用紙は破棄してしまうけど、
たかが履歴書、されど履歴書。けっこう時代を反映してるのね。

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Feb 03, 2009

「塔」08年11月号 吉川宏志選歌欄評(09年1月号掲載)

発行済の内容なので自分の執筆部分を引用します。
この号を皮切りに半年間、吉川襴の歌について書く予定です。

以下原稿用紙7枚以上の長文ですのでご了承ください。

なお「塔」では入会一年以内は「若葉集」の襴に掲載され、
その後「作品2」襴掲載を経て会員推薦などにより
「作品1」「月集」と昇襴していきます。

吉川さんは「作品1」または「作品2」の選者です。

月集以外の詠草は毎月ランダムに担当選者に振り分けられ
会員からの選者指名はできない仕組みになっています。


********* 引用はじめ *********

民宿の客ある時もない時も機嫌がよろし池のメダカは 竹之内重信

半年間の選歌欄評を引き受けて、初回の今回がいきなり作品1。歌歴の長い皆さんの歌を評する緊張感でガチガチだった私だが、この歌を見てすうっと楽になれた。人間の事情に関係なく飄々と泳ぐメダカに習い、私も肩の力を抜いて自分なりの評をしていきたい。

五十年前二千円なりし受刑者の手作り書棚は今も廊下に 浜井 鈴子

刑務所家具の即売会は丁寧な細工と手頃な価格で人気だという。この五十年前わずか二千円だった書棚が、半世紀を経て今も廊下にある。作った受刑者のその後は不明だしあるいはこの世に居ないかもしれないが、彼の知らぬところで彼の作品が大切にされている。罪と罰と人生を考えさせられる歌。

ブランコの順に並びて降りる迄父待ちくれしベンチも消えぬ 足立 久子

他の歌から作者の父上は既に鬼籍に入ったと判るが、作者の記憶にはブランコ遊びそのものよりも、幼い自分を待ってくれていた父の姿がある。ベンチが撤去された現在も、そこに座っていた父の残像が成長した作者を見守っている気が、するのかもしれない。

絶対に金の苦労はさせないと言った筈だと義父に責めらる 吉田 健一

こちらは義父の歌だが、この不況下にお義父さんそんなご無体な・・・とは婿は言いづらいかも。娘思いの義父の気持はわかるが。

父母死してわれに残りし夫・子なり子には子ありて子の夫がある 河原 篤子

親を亡くしても作者には家族があり、その作者の子にも家族がある。下句には「たとえ私(作者)がこの世を去っても子には家族がいる」という成人した子への親心も感じられ、事実をあえて歌にすることで味わいが生まれるいい例だと思った。

朝まだき蝉ものうげにふた三声やがていのちの限り沸くべし 加藤美智子

夏は気がつけば蝉の声に囲まれているが、夜明け前は静かなはず。その境目の瞬間を耳でとらえて的確に描写。「べし」が力強い。

あぶら蝉あみ戸に止まり鳴くまひる 帰り来て窓あけられず待つ 藤本 恵子

こちらは昼間の蝉。鳴く蝉の開放感と窓を開けられない作者の閉塞感が、音読すれば(三十一字中十一字と)多用されたア列音で、字づら的には繰り返されるひらがなの「あ」で、表現されている。でも作者にはちょっとお気の毒さまでした。

蝉の声浴びつつゆけば少しづつ頭は広くなる空に向かいて 秋場 葉子

夏の森に足を踏み入れると、奥まるにつれて蝉の声の半円ドームが広がり、側方後方に聴覚アンテナが伸びてゆく気がする。もちろん前方上方にもだ。作者はこの感覚を三句以降で簡潔に言い切った。特に四句に感服。

よちよちとガラスを昇る一匹に背景があり灰色の空 松木のり子

こちらは蝉とは限らないが、ガラスを昇る生き物の向こうに背景があった。言われてみれば当り前だが、見る心が無いと見えないのも事実。「灰色の空」がくっきりと立つ。

お座敷でよろしいですかとたずねつつ下半身へと視線は走る 小島美智子

年配者は座布団を好み若い人は洋室を選ぶ。そんな時代もあったように思うが、今どきは年配者でも体調の加減で、足を降ろせる椅子座を好む場合が少なくない。結句から作者は接客される側だと読み取った。店員の視線はあからさまで不躾だが、通す座敷の座り方が客(作者)の足腰の具合と合うかを見極めようとする、心遣いかもしれない。

眼球のごときやはらかさを持ちて夕日とろりと沈みゆく見ゆ 千名 民時

第一印象で結句の「見ゆ」は無くても?と思ったが、この歌では必然性があるらしい。「眼球」と「見ゆ」、「やはらかさ」と「とろりと」といった縁語使いが効いて、沈む夕日の溶けゆくごとき質感と、見守る作者のリラックスした表情とがうかがえる。

聞き覚えある話し声隣り家の逝きし人の子帰省しており 山内 貞子

隣家から亡くなった人の話し声?声がよく似たその方の子が帰省していたという種明かしだが、作者はさぞ驚いたことだろう。結句で一気に事情が判るが、客観描写に徹したおかげか説明くさくない締め方になった。

大の字になれと畳が呼んでゐる変えたばかりのたたみの声で 塩谷いさむ

立っているのもやっとなほど疲れたとき、私も「地面が私を呼んでいる」を実感した経験がある。作者は変えたばかりの真新しい畳に呼ばれたという。直前の畳替えが重労働だったのだろうか。それにしても「たたみの声」とはどんな声だったのだろう。

ねばねばで厚かましくてやっかいでわれらひとかたまりの人件費 深尾 和彦

結句に驚いた。人減らしで経費削減を望む雇い主の立場から、自分を含む一団を形容した上句の大胆さ。仕事を死守したい被雇用者の一人として、労使間の緊張した空気を(知らぬ人にも)生々しく伝える社会詠だ。

歩道橋の手すりをもっともっともっと高くしてほしいさもなくば   同

作者に解き放ちたい、あるいは解き放たれたいモノや事(あるいは人か人生か?)があるのだろうが、具体的に判らないところが読者の不安をよりあおる。切実な叫び。

激辛のはららで熱き飯にのす文月みたりめの死をききし夕 鮫島 浩子

「はららで」では辞書に無かったが「はららご(=イクラ筋子の類)」のことと推測。「ご」の手書き文字が「で」と誤植されたのかもしれない。いずれにせよ暑い季節に訃報が続いた事実を、汗の出るような食べ物で受け止めようとする作者の行動が面白い。

ヒオウギの咲ける傍えに週に二度黄のゴミ袋並ぶ朝あり 永田 淳

ヒオウギの花にも何色かあるが、この歌にはやはり黄色だろう。私の街でも週に二度、黄のゴミ袋の収集日がある。玄関先に出す自治体も収集場を置く自治体もあるそうだが、丹精されて咲き誇る花の美しさがゴミ袋の生活感で損なわれる残念さは、変わらない。

鎌倉へ抜くる舗道にゆふぐれの風立ちぬ単騎過ぎゆくほどの 村上 和子

馬一頭が通過する程度の風?普段実感することはまず無い感覚だが、なぜか説得力のある比喩だ。鎌倉という地名のせいか競馬場のヘルメット姿の騎手ではなく中世武士の軽やかな騎乗姿が連想された。作者には蹄の音の空耳も、あったかもしれない。

尾根の上にアキツアカネとわたくしと秋田、岩手に手を垂れている 江種 泰榮

登山行を描いた一連の中央に置かれた歌。両足が県境の細い稜線を踏んだとき、作者の全身は二県にまたがっていたという。結句の垂れた両手の先には見下ろす左右の景色が、二句のアキツアカネからは雄大な空が見えるようだ。この県境でなくてもよいが、この景色を追体験しに登山に出かけたくなった。

********* 引用終わり *********

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Feb 01, 2009

年齢規制

私ならR18と格付けし映画の松田優作を観る


数日前の深夜、白玉ダンナと映画「甦る金狼」を見た。
また上の子に少し夜更かしを許した日、白玉ダンナは
リビングで、映画「グッドモーニング・ベトナム」の
ビデオを観ていた。ベトナム戦争で駐留米軍向けラジオの
DJをしていた男性の実話をもとにした、現地ロケの映画だ。

ラブシーンこそなかったが、下ネタ満載で流血シーンも。
そして上層部に煙たがられながらもマイクに本音を炸裂
させた主人公のDJ氏の、評価と運命は。

彼とわたしは主人公のDJが繰り出す下品な英語ジョークと
絶妙な字幕に大笑い。子は下ネタなど判らなくて当然だが
画面の雰囲気は目新しいらしく、時折自分の本から顔を
上げて、スクリーンと音に意識を向けていた。

そして彼女は、「戦争」のリアルなところを初めて映像で見た
ことになる、はずだ。駐留とは、現地の人は、そして戦闘。

流血の市街戦シーンなど、米本国ではレーティングが
どうだったのか気になる内容だったけど、彼女は途中から
けっこう真剣に見入っていた。これから歴史を学ぶにあたり
あまた出てくるはずの、過去の「戦争」の実情の一端。

わたしにはこの映画が子の成長に害を及ぼすとは、
どうしても思えなかった。11歳のこころは何を感じただろう。

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